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【プロ野球】江夏豊が明かした"伝説の21球の真実" 野村克也の革命論、衣笠祥雄の心意気、古葉竹識との確執...

  • 松永多佳倫●文 text by Takarin Matsunaga

 シーズン401奪三振、両リーグでのMVP獲得など数々の大記録を打ち立て、「プロ野球史上最高の左腕」と称される江夏豊氏。78歳となった江夏氏にとって最後の書き下ろしとなる書籍『江夏の遺言』(江夏豊・松永多佳倫 共著/小学館刊)が、大きな話題を呼んでいる。同書では、「オールスター9者連続奪三振」や「江夏の21球」といった球史に残る名場面を振り返るだけでなく、各球団で経験した衝突や軋轢の真相、さらには引退後に犯した"過ち"と、そこから再起していくまでの日々についても赤裸々に綴っている。
※本記事は『江夏の遺言』から本文の一部を抜粋、再編集したものです。

1979年の日本シリーズで近鉄を破り、日本一に輝いた広島時代の江夏豊 photo by Sankei Visual1979年の日本シリーズで近鉄を破り、日本一に輝いた広島時代の江夏豊 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る

【「なあ、革命起こしてみんか」】

 南海時代、偶然にもオレとおっさん(野村克也選手兼任監督)は隣のマンションに住んでいた。まさに目と鼻の先で、歩けば30秒ほどの距離だ。大阪球場でのナイターを終えて帰宅すると、それぞれ部屋で食事を済ませたあと、必ずおっさんの部屋へ行き、朝方まで野球談義をするのが日課だった。

 ある晩のこと。いつものように灰皿が何度目かの山盛りになった頃、窓の外の空が白々と明け始めていた。ちょうどプロ野球の変革的な話題で盛り上がっていた。1977年の時点で、おっさんは「戦後の古臭い野球は、もう終わりや」と言い、こう続けた。

「これからの強いチームは、分業化されたチームほど勝ち残っていく」

 当時のパ・リーグは、前期・後期制(1973〜82年)を採用していた。そんな時代の流れを踏まえ、おっさんはこう説いていた。

「これからは、ピッチャーも初回から最後までひとりで投げきる時代やない。先発と、7回、8回、9回を専門に投げる投手に分業化されていく。そういう時代が必ず来る。だから、その形に備えてやってみんか」

 そして一拍置いて、おっさんはボソッとこうつぶやいた。

「なあ、革命起こしてみんか」

「革命って何ですか?」

「おまえに2回も3回も投げろとは言わん。1回だけを投げるピッチャーになってくれ。新しい投手の形として、革命を起こしてみんか」

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著者プロフィール

  • 松永多佳倫

    松永多佳倫 (まつなが・たかりん)

    1968 年生まれ、岐阜県大垣市出身。出版社勤務を経て 2009 年 8 月より沖縄在住。著書に『沖縄を変えた男 栽弘義−高校野球に捧げた生涯』(集英社文庫)をはじめ、『確執と信念』(扶桑社)、『善と悪 江夏豊のラストメッセージ』(ダ・ヴィンチBOOKS)など著作多数。

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