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コスタリカの避難民兄弟が語った野球文化への誇り 祖国ニカラグアに今も息づくロベルト・クレメンテの精神

  • 加藤潤●文 text by Kato Jun

ロベルト・クレメンテのDNA〜受け継がれる魂 (全10回/第5回)

 中日ドラゴンズの通訳として選手を支える傍ら、野球と社会をめぐる旅を続ける加藤潤氏。昨年末、ロベルト・クレメンテのルーツを探る旅に出かけ、プエルトリコからコスタリカ、そしてニカラグアを訪問した。そこには、政治的弾圧を逃れて隣国へ避難した若者との出会いがあり、知られざる野球文化との邂逅があり、そして"クレメンテイズム"を体現する人々の姿があった。

ニカラグア野球連盟会長のメネシオ・ポラス氏 photo by Kato Junニカラグア野球連盟会長のメネシオ・ポラス氏 photo by Kato Junこの記事に関連する写真を見る

【政治的弾圧を受けコスタリカへ】

 プエルトリコ訪問を終え、パナマシティを経由してコスタリカの首都・サンホセに到着した。ニカラグア南部へはこの街から夜行バスで向かうのが手っ取り早く、治安があまりよくないと聞くニカラグアの首都・マナグアを避けることもできる。

 経由地のパナマシティでは、中日ドラゴンズの同僚であるウンベルト・メヒアとブランチをする約束をしていた。しかし、彼の急な体調不良により食事はキャンセルとなってしまった。外国人選手の地元で再会できることを楽しみにしていたが、こればかりは仕方がない。バスターミナルの外で気分転換にコーヒーをすすっていると、ひと組の兄弟と知り合った。

 ジョバンニとジョルディのクルス兄弟だ。彼らはニカラグアで政治的弾圧を受け、コスタリカへ避難してきた。住んでいた町が反政府勢力とみなされ、軍隊に襲撃されたという。家族は離散してしまった。この日は、ニカラグアに残るおばあさんが彼らを訪ねてくるため、彼女の乗るバスの到着を待っていた。

 兄のジョバンニが、避難する前後のいきさつを語ってくれた。

「ある時、警察や軍隊がやってきて、すべてを破壊していった。すべてだよ。僕は25歳で、弟は15歳だった。母はニカラグアで看護師をしながら大学でも教えていた。僕は医学生だった。それが突然、難民となってこの国に逃げ込んだんだ。この国に来た当初、僕は建築現場で働き、母はベビーシッターをしながら生活をやりくりしていた」

 2018年以降、ダニエル・オルテガ政権の弾圧を恐れたニカラグア人が難民としてコスタリカに押し寄せた。

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著者プロフィール

  • 加藤 潤

    加藤 潤 (かとう・じゅん)

    1974年生まれ。東京都出身。中日ドラゴンズ通訳。北海道日本ハムファイターズで通訳、広報、寮長に就いたのち、2011年から現職。シーズン中は本業をこなしながら、オフには海外渡航。90ヶ国を訪問。稀に文章を執筆。過去にはスポーツナビ、中日新聞、朝日新聞デジタル版に寄稿。またコロンビアのTV局、テレメデジンとテレアンティオキアに話題を提供。現地に赴き取材を受ける

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