コスタリカの避難民兄弟が語った野球文化への誇り 祖国ニカラグアに今も息づくロベルト・クレメンテの精神 (3ページ目)
1977年に森繁和氏が登板したニカラグアにあるスタンリー・カジャッソ球場跡地 photo by Kato Junこの記事に関連する写真を見る
【今も生きづくクレメンテイズム】
ニカラグアの首都・マナグア。この街もカロリナに負けず劣らず、中米屈指の犯罪都市の顔を持つ町だ。マナグアに入る前に滞在したリバスやグラナダでも、現地の人たちから「ひとり歩きには気をつけろよ」と、繰り返し忠告を受けていた。
なによりも頭から離れなかったのは、ドラゴンズの元監督・森繁和氏(以下、元上司として親しみを込めて「森さん」と呼ぶ)から「おっかねえぞ」と脅されたことだった。
森さんは1977年のインターコンチネンタル大会に参加し、マナグアに滞在している。ほぼ半世紀も前の出来事とはいえ、あの強面で肝の据わった森さんが言う「おっかねえ」とは、一体どれほどのものなのか。背筋に冷たいものを感じながら、私はおそるおそる街へと繰り出した。
結論から言うと、気をつけてさえいれば、問題なく過ごすことができた。市バスの路線は網の目のように張り巡らされていて、「名古屋よりも便利かも」と思ったほどだ。
この街で訪れた場所は3カ所。まずは、ニカラグア地震の遺構である旧マナグア大聖堂。次に、アマチュア時代の森さんが足を踏み入れたスタンリー・カジャッソ球場の跡地。そして、ニカラグア野球連盟会長のネメシオ・ポラス氏の事務所だ。
これら3カ所へは、市バスを乗り継いで向かったが、どうやら治安面の心配は杞憂だったようだ。
球場跡地の写真を森さんにLINEで送ると、「イイネ。ありがとー!」と、まるで女子高生が使うようなスタンプ付きで返事が届き、思わずバスの中で吹き出してしまった。そういえば以前、「若い女の子たちが喜ぶからよ」なんて言っていたっけ。なんともお茶目な森さんらしい。おかげで、ビクビクしていた気持ちもすっと和らぎ、肩の力が抜けた。
アポイントの時間にポラス氏の事務所に到着すると、彼は何やらせわしない。携帯電話を片手に動き回っている。何事かと尋ねると、「いやね、じつはいま、そこの道路で女性が車にはねられたんだ」と返ってきた。
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