コスタリカの避難民兄弟が語った野球文化への誇り 祖国ニカラグアに今も息づくロベルト・クレメンテの精神 (2ページ目)
クルス兄弟のように隣国で生活を立て直した人もいるが、今なおニカラグアとの国境周辺には難民キャンプが設置されている。そのキャンプの支援、運営するのは、コスタリカ政府とUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)だ。
村上雅則氏が継続して送っている義援金の一部が、この地の避難民に届いていても不思議ではない。寄付されたお金が、クルス兄弟のように自立を目指す人々の助けとなることを願うばかりだ。
【ニカラグアは野球が国技】
「こうして『中米のスイス』と呼ばれるこの地にやってきたわけだよ。でも、やはりスイスの物価は高いね」
血生臭い内戦に苦しんだ過去を持つ中米諸国のなかで、コスタリカは例外的に政治的安定を享受している国だ。非武装中立を宣言した民主国家であり、そのため「中米のスイス」と称されている。
「避難先となった"中米のスイス"の物価が高い」という冗談で私を笑わせようとしたのだろうが、彼らの経験した過去を聞いたあとでは、素直に笑うことができなかった。
しかし、彼らが語ってくれた話は辛い過去ばかりではなかった。私がクレメンテにまつわる場所を巡るために彼らの母国を訪れる予定だと伝えると、知らなかったニカラグア野球の奥深さについて話してくれたのだ。
ニカラグア野球の歴史上、ナンバーワンのホームラン打者がペドロ・セルバ。1970年代には4度の三冠王に輝いた彼は、ベーブ・ルースの愛称である「バンビーノ」と呼ばれ、親しまれていたこと。
また、ニカラグアでは野球が国技であり、最もポピュラーなスポーツであること。ニカラグア全土で愛されている"マスコット的な存在"のお爺さん(クロドミロ・エル・ニャホ氏)がおり、親しみを込めて「クロドミロ」と呼んでいること。
ニカラグア野球が持つ、まだ知らなかった魅力を教えてくれた兄弟との素敵な出会いだった。お礼にドラゴンズの帽子とシャツをプレゼントすると、彼らは顔をくしゃくしゃにして喜んでくれた。わずかなコスタリカ滞在だったが、彼らのおかげで心に残る、実りある時間となった。
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