【高校野球】「2、3点取ったところで勝てるのか?」 花巻東の怪物・大谷翔平を倒すために盛岡大附が選んだ常識破りの打撃革命
「打倒・大谷翔平」に挑んだ盛岡大附の執念の全記録(前編)
「一関シニアにすごい選手がいる」
岩手県内の高校野球界で広まる噂を、盛岡大附を率いる関口清治も耳にしていた。しかし、大谷翔平(現・ドジャース)には触手を伸ばさなかった。
「一関シニアの練習場のすぐ近くにある縁もあったでしょうから、一関学院さんに行くものだと思っていたんです。それが『花巻東に岩手の有望な中学生が集まる』という話になっていくなかで、大谷くんも入っていたんです」
2012年夏の岩手大会準決勝で当時高校生最速となる160キロをマークした花巻東・大谷翔平 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【盛岡大附に集まった個性的なメンバー】
大谷が高校に入学する前年の2009年と言えば、最速155キロを誇る左腕・菊池雄星(現・エンゼルス)を擁し、花巻東は選抜で岩手県勢初の準優勝、さらに夏の甲子園でもベスト4に進出するなど、大きなインパクトを残した。大谷をはじめ、多くの球児が花巻東に憧れを抱いたことは想像に難くない。
岩手で名を馳せていた中学生がこぞって花巻東に集結する一方で、"モリフ"と呼ばれる盛岡大附にも個性的なメンバーが揃った。のちにキャプテンとなる藤田貴暉にエースの出口心海、中軸を担う二橋大地、佐藤廉。"野球どころ"の神奈川から、自らの腕を磨きに実力者たちが門を叩いた。
北上市出身で小学、中学と大谷のライバルチームで互いに高め合い、個人的にも親交のあった千田新平もそのひとりだった。
千田は当初、「全国制覇を狙えるメンバーを揃える」と謳い、田村龍弘(現・千葉ロッテ)や北條史也(元阪神)など有望選手が集まりつつあった青森の光星学院(現・八戸学院光星)への進学を望んでいた。それが一転、盛岡大附に進学先を変更したのは、中学での素行が仇となったのだと頭を掻く。
「野球は真剣に取り組んでいたんですけど、学校の生活態度は決してよかったとは言えなくて......。そんなところで自分が希望する高校に行かせてもらえなくなったなかで、モリフの関口監督がわざわざ中学まで来てくれて、校長先生に頭を下げてくれたんですよ。『ここまでしてくれたならモリフに行って、恩返しするしかないな』と思ったわけです」
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著者プロフィール
田口元義 (たぐち・げんき)
1977年、福島県出身。元高校球児(3年間補欠)。雑誌編集者を経て、2003年からフリーライターとして活動する。雑誌やウェブサイトを中心に寄稿。著書に「負けてみろ。 聖光学院と斎藤智也の高校野球」(秀和システム刊)がある。



























