【高校野球】「2、3点取ったところで勝てるのか?」 花巻東の怪物・大谷翔平を倒すために盛岡大附が選んだ常識破りの打撃革命 (3ページ目)
そして秋。盛岡大附は大英断に踏みきった。
県大会準々決勝で、チームは花巻東に1対3で敗れた。しかもこの秋、大谷は故障の影響でバッターに専念していただけに、盛岡大附にとってダメージが残る敗戦でもあった。千田が当時の悔しさを言葉にする。
「ほかの選手には失礼ですけど、花巻東じゃなくて『大谷に負けた』なんですよね。そこからです。『打倒・大谷』になったのは」
シーズンオフ。キャプテンの藤田を中心にミーティングを重ねる。この世代は、練習中でも一触即発の雰囲気となるのは当たり前で、監督の関口にも臆することなく向かっていくような、血気盛んな選手の集まり。そんな男たちが進むべき道を定めたのだ。
「オレたちが甲子園に出るチャンスは、あと1回しかない。来年の夏は必ず大谷が投げてくるし、打たないと勝てない」
だが、すぐに監督の許可は下りなかった。関口が首を横に振った理由を明かす。
「あの頃はまだ、バッティングを信じてなかったですから。全国で打ち勝てるチームが東北にはいなかったですし、ピッチャーを中心に守って耐え抜くという考えが強くて」
監督に物怖じしない選手たちが、「自分たちは打てるチームになって大谷を倒します!」と食い下がる。関口も「東北で強打のチームなんて聞いたことがない」と説き伏せる。
1週間ほど続いた問答の末、ようやく関口が彼らの主張を認めた。
「やはり、大谷くんの存在が大きかったです。『9イニングで2、3点取ったところで、はたして勝てるのかな?』と。私も選手も、本気で勝とうとしたから賭けに出られたんです」
【日本一のバッティングをつくる】
決断してからの関口のアクションは早かった。2011年夏に甲子園準優勝を果たし、強打を印象づけた光星学院の総監督だった金沢成奉(現・明秀日立監督)に「バッティングを指導してほしい」と頭を下げたのだ。東北のライバルチームとはいえ、関口の出身である東北福祉大の先輩で、現場指導から一線を引いていたこともあり、金沢は快諾してくれた。そして、こう告げられた。
「日本一のピッチャーを倒すんだから、日本一のバッティングをつくるからな」
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