【高校野球】日本球界初「3世代プロ」へ 名門・履正社の主将が背負う血統と宿命、甲子園からメジャーへ続く挑戦
次代を担う逸材たち〜アマチュア野球最前線 第7回
履正社・辻竜乃介
大阪の名門・履正社高のグラウンドに、ひときわ鋭い打球音が響く。その中心にいるのが、主将の辻竜乃介だ。
木製バットを手に、かつて岡田貴弘(T−岡田/元オリックス)や安田尚憲(ロッテ)ら、名だたる長距離砲が担ってきた4番の看板に恥じない打球を左右へ飛ばす。身長184センチ、体重88キロと堂々たる体躯にもかかわらず、遊撃や三塁の内野守備も軽快。間違いなく近畿を代表する選手のひとりだ。
履正社の主将で4番を打つ辻竜乃介 photo by Katsuharu Uchidaこの記事に関連する写真を見る
【日本球界史上初の「3世代プロ」へ】
「自分は打ってチームを引っ張っていく存在。そのために打撃は、とくに力を入れています。フルスイングに磨きをかけつつ、そのなかで対応力をつけていくのがテーマです。(低反発の)金属バットよりも、しなりを使って自分に近いポイントで打てる木製バットのほうが、感覚的には合っている。守備面でもハンドリングと送球には自信があるので、一歩目のスタートや球際のプレーをより意識して突き詰めています」
辻が背負うのは、名門の看板だけではない。祖父の哲也さん(2024年に他界)は浪商高(現・大体大浪商高/大阪)から明治大、日本楽器(現ヤマハ)を経て中日でプレー。父の竜太郎さんも松商学園(長野)から明治大、ヤマハと哲也さんと同じ道をたどったあと、オリックス、楽天で活躍。現在は西武でファームチーフコーチを務める。辻の双肩には日本球界史上初となる「3世代プロ」の期待がかかる。
「祖父とはいろいろと野球の話をしました。父には野球を教えてもらうなかで、本当にすごくいいスポーツだと思い、その魅力に惹かれて自分もこの道を歩み始めました」
竜太郎さんは左打ち。幼少の頃、鏡を見ながら真似をしているうちに、鏡合わせの右打ちが定着したという。その父からは、試合でのメンタル面に加え、技術面でも多くの金言を授かってきた。
「父はいろいろな引き出しを持っているので、自分の打撃を見た瞬間に適切なアドバイスをくれます。昔から、調子が悪くなったらバットのヘッドが頭のほうに入りすぎて当てにいくことしかできなくなるのですが、『トップではバットは置いておくだけでいいよ』と毎回言われていました。今もその言葉は、自分のスイングを保つうえですごく意識してやっています」
1 / 3
著者プロフィール
内田勝治 (うちだ・かつはる)
1979年9月10日、福岡県生まれ。東筑高校で96年夏の甲子園出場。立教大学では00年秋の東京六大学野球リーグ打撃ランク3位。スポーツニッポン新聞社でプロ野球担当記者(横浜、西武など)や整理記者を務めたのち独立。株式会社ウィンヒットを設立し、執筆業やスポーツウェブサイト運営、スポーツビジネス全般を行なう













