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【高校野球】日本球界初「3世代プロ」へ 名門・履正社の主将が背負う血統と宿命、甲子園からメジャーへ続く挑戦 (2ページ目)

  • 内田勝治●文 text by Katsuharu Uchida

【履正社への進学を決めた理由】

 兵庫県神戸市出身。六甲アイランド少年野球部6年時に阪神ジュニアに選出されるなど、早くからその才能の片鱗を見せてきた。中学時代はヤングリーグの神戸須磨クラブに所属し、U15日本代表の一員として中国で行なわれたアジア選手権大会に出場。横浜(神奈川)で1年夏から遊撃を守る池田聖摩らとともに準優勝に貢献した。

「中国の文化に触れ、他国のチームの方と戦うなかで、日本は恵まれた環境で野球ができていることを実感しました。ハイレベルな環境でプレーをさせていただいたことは、本当に大きな経験になりました」

 高校進学の際には、20校から誘いを受けたなか、履正社を選択した。小学5年時の2019年夏。井上広大(ロッテ)らを擁し、強打で全国制覇を達成したシーンが、今も瞼に焼き付いている。

「すごくかっこいいチームだなと憧れていました。どこの高校にしようかと考えた時、履正社は専用の寮がなく、『通い』なので、自宅でも自分の課題に合わせていろいろな練習ができる。自立して野球に取り組める環境だと思い、選びました」

 今でも神戸市内の自宅から大阪府豊中市の学校まで、片道約1時間半をかけて通学する。学業も優秀で、部内でもトップクラスの成績を維持し続けている。

 しかし、ここまでの2年間、甲子園に出場したことはない。1年秋からベンチ入りし、大阪府大会決勝で大阪桐蔭を8対3で下して優勝を飾るも、近畿大会初戦の滋賀短大付戦で1対4とまさかの敗戦。

 主将として臨んだ昨秋は大阪府大会5回戦で大商大堺に5対6と、宿敵の大阪桐蔭と対戦する前に涙を飲んだ。履正社が秋の府大会でベスト8を逃したのは2014年以来、じつに11年ぶりのこと。名門にとっては屈辱の敗戦だった。

「一学年上の矢野塁さん(立正大)から主将を引き継いで、背負うものが多いと感じました。まずは自分のことを精一杯やってからチームのことを考えるようにしていましたが、昨秋に負けてから、課題がすごく多いということに気づきました。

 今はチーム内でコミュニケーションをしっかり取ることを意識してやっています。近そうで、本当に遠い場所が甲子園。すべてを野球に捧げなければ、簡単にはたどり着けない場所だと思っています」

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