【プロレス】藤原喜明が辿る「旅館破壊事件」の記憶 殴り合った前田日明と武藤敬司の翌朝のやりとりを明かす
関節技の鬼 藤原喜明のプロレス人生(16)
(連載15:新日本への復帰と、アントニオ猪木との一騎打ち 乱闘を起こした前田日明は「正直すぎる」>>)
プロレスラー藤原喜明はサラリーマンを経て、23歳で旗揚げ間もない新日本プロレスに入門。アントニオ猪木、カール・ゴッチの薫陶(くんとう)を受け、道場で関節技の技術を磨き、新日本プロレス最強伝説の礎を築いた。
そんな藤原が激動の人生を振り返る連載の第16回は、さまざまな証言が飛び交っている、伝説の「旅館破壊事件」について語った。
1986年11月のジャパンカップ争奪タッグリーグで、場外で武藤敬司(下)に三角締めを決める前田日明 photo by 東京スポーツ/アフロこの記事に関連する写真を見る
【険悪ムードだった新日本とUWF】
1986年、藤原や前田日明らUWF勢が新日本プロレスに復帰し、両団体で対抗戦を行なっていたが、興行は思うように好転しなかった。
ジュニアヘビー級では、髙田延彦と越中詩郎が名勝負を展開して新日本の新たな看板カードとなった。一方でヘビー級では、UWFの格闘技スタイルを貫く前田のプロレスが新日本勢に拒絶され、リング内外で険悪なムードが充満していた。
UWF勢が復帰してから1年あまりが経った頃、新日本の現場責任者で副社長の坂口征二の提案で、両団体の選手たちの融和と親睦を図ることを目的とした宴会が実施された。1月23日に熊本県水俣市体育館で行われた試合後に、宿泊先になっていた水俣市内の旅館で催されたが、もちろん藤原も参加した。
「選手同士の宴会は昔からよくやってたんだよ。地方巡業が続くとみんな疲れてくるし、特に若い選手は不満も溜まってくるんだよ。そうすると(アントニオ)猪木さん、坂口さんが『ガス抜きが必要だ』って宴会を開いた。そこで若手や中堅どころは、酔っ払ったふりをして猪木さん、坂口さんとか上の選手に絡んだもんだよ。
坂口さんや猪木さんは、俺たちの"子守り"をしてくれた。それでストレスを解消して、次の日から頑張れたんだ。あの旅館での宴会も、同じような感じの飲み会になるはずだったんだけどな」
藤原は、新日本とUWFの選手による宴会の実施について、猪木から話を聞いたという。
「水俣の試合前だったと思うけどな。猪木さんに『宴会やるぞ』って言われて、『わかめスープ作れよ。頼むぞ』って注文されたんだよ。猪木さんは昔から、俺が作ったわかめスープが好きだったんだ。試合が終わったあとに早めに旅館に帰って、厨房を借りてスープを作ってな。俺のスープは、ひき肉とにんにくで出汁をとるんだよ。これが美味いんだ」
宴会場には、選手個々のお膳と藤原が作ったわかめスープが入った鍋が、ビールなどの酒とともに用意された。そうして新日本とUWFが親睦を図っていた時に、事件が起きた。前田と武藤敬司が、殴り合いを始めたのだ。
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