【高校野球】「2、3点取ったところで勝てるのか?」 花巻東の怪物・大谷翔平を倒すために盛岡大附が選んだ常識破りの打撃革命 (4ページ目)
週に1日ないし2日、盛岡大附のグラウンドに出向いた金沢の鉄則は、「打席での準備を早くすること」だった。ピッチャーのモーションに合わせるのではなく、「動から動で相手を捉える」といった、自分の間合いで始動しタイミングを取ることを金沢から叩き込まれながら、選手たちがひたすらバットを振る。
「芯に当てる技術があっても、振る力が備わらないと大谷のボールは打ち返せない」と睨んだ関口が、「体がひっくり返るくらいバットを振りきれ!」と発破をかける。
そこに、新チームのメンバーで大谷と対戦経験のある千田と佐藤が、スピードボールに設定したマシンの軌道を逐一確認しながら「体感はかなり速くボールが来るから、始動をもっと早くしたほうがいい」と助言する。ストレートだけでなく、スライダーのキレや曲がり幅、「カーブは一瞬、浮くからそこを狙え」といった傾向までチームで細かく共有していく。
盛岡大附の冬は、打ちっぱなしだった。死に物狂い。それくらいの悲壮感があった。千田が雌伏の時を振り返る。
「みんな大谷だけを想定して、朝から夜中まで死ぬほどバットを振りました。自分たちの代って、個人のことしか考えないヤツばっかりでバラバラだったんですけど、『打倒・大谷』の想いが強すぎてまとまったんです。そのくらい『大谷に勝つ』ことに野球人生を捧げていて......」
【花巻東戦の連敗を5でストップ】
強大な敵によって結束したチームは、春になると劇的に変化を遂げた。対外試合が解禁された3月になると、1試合で10本のホームランが飛び出ることもあった。いくら選抜で大谷が大阪桐蔭のエース・藤浪晋太郎からホームランを放ち周囲の度肝を抜いていたとしても、花巻東への畏怖はもうなかった。
春の県大会決勝で花巻東を5対1で下し、「菊池雄星時代」から続いていた連敗を5で止めた。東北大会準々決勝でも、当時1年生だった松本裕樹(現・福岡ソフトバンク)のインローに食い込むカーブをバックスクリーンに叩きこんだ大谷の打棒に驚愕させられたものの、試合は10対9と打撃戦を制した。いずれも大谷は登板しなかったが、関口からすれば夏への手応えを得るには十分な収穫でもあった。
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