【男子バレー】堺ブレイザーズの山根大幸が振り返る"バレーにハマる瞬間" 中央大学ではライバルと「バチバチ」で成長
『ハイキュー‼』×SVリーグ コラボ連載vol.2(37)
日本製鉄堺ブレイザーズ 山根大幸 前編
【中学でバレーを始め、一般入試で強豪校へ】
「運だけで、ここまで来ました」
日本製鉄堺ブレイザーズのミドルブロッカー、山根大幸(23歳)はそう言って顔を綻ばせる。確かに巡り合わせはあったのかもしれない。しかし出来事は受け止める者次第で、それを幸運にしたのは彼の異能だ。
日本製鉄堺ブレイザーズのミドルブロッカーとしてプレーする山根(写真/SVリーグ)この記事に関連する写真を見る
群馬県伊勢崎市で生まれ育った山根は野球少年だった。小学1年から4年まで続けたが、人数不足で廃部に。他チームに移る選択肢もあったものの、彼は違う選択をした。休み時間にやっていたバスケットボールにも惹かれたが、走るのがきつく、貧血症状も出たため、中学では違うスポーツをすることにしたという。
「小学校のバレーチームに入っていた友達4、5人と、公園でバレーをやった時に楽しくて。ひたすら落とさずにパスを続けるだけでしたが、そのメンバーと一緒に中学でバレーをやりました。僕は身長も、今ほどではないけど高いほうでしたし」
山根はバレーとの邂逅を振り返った。
「中学は1、2年の時はイマイチ楽しくなかったです。レシーブが得意じゃなくて、ミスで迷惑をかけるほうが多かったので。それが、中学2年の頃から身長が伸び始めて、スパイクを打てるようになったんです。それで楽しくなって、高校に入るタイミングで『バレーを続けよう』と思いました」
中学のバレー部は県大会にも行けなかったし、中学選抜に選ばれたこともなかった。しかし彼は、県内のバレー強豪校である前橋商業に一般入試で進学した。入部した同期の半数が推薦入学で、高校2年のインターハイまではメンバーにも入れなかったが......。
「インターハイの前後から"山根を使ってもいいんじゃないか"って空気になっていました。シンプルに身長が伸びたのが大きかったと思います。高校入学当時が182cmだったのが、その頃には190cmになっていました。春高予選の1カ月前くらいから試合で使ってもらえるようになりましたね」
1 / 3
著者プロフィール

小宮良之 (こみやよしゆき)
スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。



















































