錦織圭はコートに立つと豹変した 練習での厳しい要求に、奈良くるみは「そんなの無理だよ!」
錦織圭という奇跡【第10回】
奈良くるみの視点(2)
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◆奈良くるみの視点(1)>>「『SLAM DUNK』を貸してくれたのは、圭くんだった」
世界ランキング最高32位、WTAツアー優勝1回。18歳でグランドスラム本戦に出場し、30歳で引退するまで世界のトップレベルに身を置いた奈良くるみさんは、テニス界では最も長く、錦織圭と時間と空間を共有したひとりである。
奈良さんが錦織と親しくなったのは、米国フロリダ州のIMGアカデミーにテニス留学した12歳の頃。約1年半の米国滞在を経て帰国した奈良さんは、その後もトップジュニアとして世界を舞台に活躍した。
ただその頃には、2歳年長の錦織はすでにジュニアを卒業。プロとしての道を歩み始め、18歳にしてATPツアータイトルを手にするまでになった。
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奈良くるみさんが感じた錦織圭のオンとオフ photo by Sano Mikiこの記事に関連する写真を見る そんなふたりの足跡が再び重なったのは、奈良さんが18歳の日。世界ランキングを100位台まで急上昇させ、グランドスラム予選に出るようになった頃だった。
かつてIMGアカデミーで、漫画やDVDを貸し借りした仲ではあるが、当時の奈良さんにとって、錦織はすでに世界で活躍するトッププレーヤー。ただ、再会した錦織は、以前と変わらぬ柔らかな空気をまとっていたという。
「私がツアーに出るようになってからは、食事に連れていってくれたり、いい成績を出した時は連絡をくれたりしました。特にうれしかったのは、2014年のワシントンでのツアー大会で準優勝した時。決勝で負けて悔しかったんですが、『すごくいいテニスしてたね』って圭くんに言ってもらえたのが、けっこう自信になりました。
ただ、圭くん自身の雰囲気は、子どものころと変わらなかったですね。コートの外での圭くんは、ちょっと変わっているというか、独特の感性の持ち主。なので時々、周りが『え?』となっちゃうこともあるんです」
これは奈良さんに限ったことではないが、錦織のセリフを再現するとき、誰もがゆっくりゆったり、やや間延びした話し方になる。その独特のリズムに錦織のユニークな感性や視座が乗ると、時に会話が噛み合わないことも......。
そんな時、関西人の奈良さんは「突っ込み担当」。周囲の人からも、「圭にあんなふうに突っ込める人、なかなかいないよ」と言われるほどの、阿吽の呼吸を見せているという。
著者プロフィール
内田 暁 (うちだ・あかつき)
編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。2008年頃からテニスを追いはじめ、年の半分ほどは海外取材。著書に『錦織圭 リターンゲーム』(学研プラス)、『勝てる脳、負ける脳』(集英社)など。













