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能代工で控え選手だった猪狩渉が
「スラムダンク奨学金」に応募した想い (2ページ目)

  • 宮地陽子●取材・文・写真 text & photo by Miyaji Yoko

 スラムダンク奨学金のことは、以前から知っていた。

「小学校4年生のころに買った月バスに、1期生の並里成(なみざと・なりと/現・大阪エヴェッサ)さんの記事が載っているのを見て、『こういうのがあるんだ。すごい!』と思っていました。その後も、各年代の奨学生の活躍を雑誌やインターネットで確認していました。実際に自分の代になって応募するとは、そのときは思っていなかったですけれど」

 応募しようと考え始めたきっかけは、同じ東北出身で、7期生の村上駿斗(むらかみ・しゅんと/山形南高校出身)との会話だった。以前から県選抜やジュニア・オールスターなどで対戦していた村上は、猪狩にとって憧れの存在だった。

「僕が高校2年生の大分インターハイのとき、山形南と能代工業は同じ宿舎だったんです。そして偶然、大浴場で一緒に入る機会があり、そのときにいろいろとお話させてもらって。『村上さん、進路どうするんですか?』って聞いたら、『俺はスラムダンク奨学金でアメリカに行くから』って言っていた。そのときは、まだ村上さんも受かっていないんですけれどね。それでも、『俺もアメリカに行くから、お前もアメリカ来いよ』と言われて。それも(応募する)ひとつのきっかけでした」

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