【追悼】2000年の長嶋茂雄は非情采配に徹した 優勝後「すまなかった」とミスターは選手の前で涙した (3ページ目)
しかし長嶋は己以上に信じるものを見つけることができなかった。長嶋の矜持は、勝つことでしか満たされない。だからこそ、悲願のリーグ制覇を成し遂げた長嶋は、選手の前で心の奥をさらけ出したのだろう。巨大戦力が采配ミスを吹き消してくれたこともあったし、ベテランに救われたこともあった......そんな思いがあの涙を流させたのだ。
世紀末に行なわれたON対決。
NとOの間に2度、ジャイアンツの監督を務めた藤田元司の言葉を借りれば、「ゴルフでもグリーンオーバーをどんどん狙ってくる大胆な王と、必ずグリーン手前からきっちり刻んでくる慎重な長嶋」の対決、負けたら失うものが大きかったのは長嶋だった。
無理筋ながらもONの監督としての能力だけを比較しようとした場合、前提となる両チームの戦力には差がありすぎた。ON対決で盛り上がった2000年の日本シリーズ、前評判はホークスが勝てば王の手腕は高く評価され、ジャイアンツが勝っても長嶋が評価されることはないという、そんな風評だった。
ない袖をやりくりして振った王と、ありすぎた袖を贅沢に振った長嶋となれば、つらい立場にいたのは長嶋のほうだったと言っていい。だからこそ、何が何でも負けられないという強い想いが、あのシリーズ前の涙につながっていたのかもしれない。
そして、主役として喝采を浴びたのは長嶋だった。
ミレニアムの日本シリーズは、背番号3の胴上げで幕を閉じた。ONシリーズを勝ち切ったのはジャイアンツだった。20世紀を生きた日本人が最後に見た夢──王がジャイアンツに別れを告げてから、長嶋がジャイアンツの監督に復帰してから、ついに実現したON対決を制した長嶋は、王の目の前で宙を舞って、"ミスター・プロ野球"の矜持を満天下に示したのである。
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著者プロフィール
石田雄太 (いしだゆうた)
1964年生まれ、愛知県出身。青山学院大卒業後、NHKに入局し、「サンデースポーツ」などのディレクターを努める。1992年にNHKを退職し独立。『Number』『web Sportiva』を中心とした執筆活動とともに、スポーツ番組の構成・演出も行なっている。『桑田真澄 ピッチャーズバイブル』(集英社)『イチローイズム』(集英社)『大谷翔平 野球翔年Ⅰ日本編 2013-2018』(文藝春秋)など著者多数。
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