今のMLBに「イチロー」はいない−−偉大なリードオフマンの殿堂入りに思う個性が消えゆくMLBの傾向とその背景 (2ページ目)
【MLBで「イチロー」型の価値が薄れた理由】
しかしあれから15年が経ち、現在のMLBではイチローのような選手の姿がほとんど見られなくなっている。俊足で高い打率を誇り、出塁後は果敢に次の塁を狙い、クリーンアップに得点圏でのチャンスを演出する真のリードオフヒッター――そんな役割を担う選手は、近年、急激に減少している。
この傾向は、奇しくもイチローがメジャーデビューを果たした2001年前後から始まった。勝利のための最適解を追求するなかで、セイバーメトリクス(統計分析)が徐々に球団のフロントに浸透。データ重視のアプローチが戦術に大きな転換をもたらしたのである。
その起源は1982年、当時32歳のビル・ジェームズが歴史的著作『ベースボール・アブストラクト』を発表したときまでさかのぼる。この書籍では、MLBが2リーグ制に移行してからのデータを基に分析を行なっていて、その時点まででア・リーグとナ・リーグはそれぞれ81シーズンを戦っていたが、ジェームズはそのサンプルからチーム打率とチーム得点、さらにチーム出塁率とチーム得点の相関係数を算出。その結果、出塁率のほうが得点との関連性が強いことを明らかにしたのである。
ほかにもジェームズは、チームの勝敗を左右する要因を統計データを駆使して解明し、野球界で「常識」とされていた多くの概念を次々と覆していった。この画期的なアプローチは、野球の見方を根底から変えるものとなり、現在のセイバーメトリクス時代の礎を築いた。
ただ、ジェームズの考えは当初、データ愛好家の間で共有されるにとどまり、MLBのフロントオフィスではほとんど採用されていなかった。この状況が一変したのが、『マネーボール』で知られるオークランド・アスレチックスの躍進だ。
アスレチックスは限られた予算のなかで統計分析を駆使したチーム構築に挑み、2000年からの7年間で地区優勝4回、2位3回、そして5度のポストシーズン進出という見事な成果を上げた。その画期的な手法は、マイケル・ルイスが2003年に出版した著書『マネーボール』で詳しく描かれ、ベストセラーとなったことで広く知られるようになった。
その後、より多くのチームが統計分析を積極的に採用し、やがて出塁率以上に長打率が得点との相関性が高いことが明らかになった。この発見を契機に「フライボール革命」が起き、打者たちはゴロを転がすのではなく、意図的に飛球を打ち上げるスタイルを追求するようになった。この結果、イチローのような選手、つまり高い打率を誇り単打を量産するものの長打率の低い打者は、次第に評価の対象から外れていくことになる。
例を挙げれば、サンディエゴ・パドレスのルイス・アラエスだ。2022年から2024年、3年連続首位打者に輝き、2年連続200安打をマークしたが、長打率はその間.420(ア・リーグ40位)、.469(ナ・リーグ23位)、.392(ナ・リーグ57位)である。三振が少なく確実にバットに当てる能力を持ちながらも、戦力としての評価が必ずしも高くないことは、ミネソタ・ツインズ、フロリダ・マーリンズ、パドレスと3年連続でチームを渡り歩いた経歴からも明らかだ。さらに現時点でもトレードの噂が絶えない状況である。
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