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【高校野球】4年ぶり歓喜の陰で... 「大阪桐蔭史上最高の投手になるかも」と評された吉岡貫介はなぜ決勝で登板しなかったのか? (4ページ目)

  • 谷上史朗●文 text by Shiro Tanigami

 勝てば近畿大会出場が決まる大阪大会準決勝の金光大阪戦で、被安打2、奪三振14の完封勝利。奇しくも春に吉岡のすごさを伝えてくれた横井監督は、試合後、敗戦の悔しさを通り越し、あきれたような笑みを浮かべながら嘆くしかなかった。

「エグい! なんですか、これは......」

 その体型やストレートの質からは、山本由伸(ドジャース)や石井大智(阪神)らの系譜を思わせる。その吉岡は試合後、記者からの質問に対し、あれほどの投球を見せたにもかかわらず、何事もなかったかのように終始淡々と受け答えしていた。

「2週間前の大商大戦では力んでしまったので、まずはストライク先行を意識しました。前半は直球も変化球もコントロールできたのがよかったです。球速はもともとありましたが、中学2年の終わり頃から空振りも増えてきて。森(陽樹)さんのように初速も終速も速いタイプではないので、自分はベース付近での強さを意識しています」

 この時、選抜に出場すれば大きな注目を集めるのは間違いないと確信していた。しかし、1週間後の大阪大会決勝・近大附属戦では、まるで別人のような投球だった。戦いの最中に本人が口にすることはなかったが、コンディション面に何らかの問題を抱えていたことは明らかだった。

 大阪1位で臨んだ近畿大会でも、好投手・丹羽涼介を擁する市和歌山との初戦、つづく天理(奈良)戦はいずれも川本が先発。吉岡は準決勝の神戸国際大付(兵庫)戦を含め、初戦でリリーフとして3イニングを投げたのみ。出力の高さゆえの宿命か。一抹の不安を残したまま、新怪物候補は秋の戦いを終えた。

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著者プロフィール

  • 谷上史朗

    谷上史朗 (たにがみ・しろう)

    1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。

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