【高校野球】大阪桐蔭3度目の春夏連覇のカギを握る男 歓喜の陰で進んでいたエース再生の物語
大阪桐蔭・吉岡貫介〜不完全燃焼の春(後編)
前編:「大阪桐蔭史上最高の投手になるかも」と評された吉岡貫介はなぜ決勝で登板しなかったのか?>>
吉岡貫介は、大阪桐蔭のある大阪府大東市で生まれ育った"生粋の地元っ子"。学童野球から始め、中学時代は中村剛也(西武)らを輩出した大東畷ボーイズで腕を磨き、大阪桐蔭へ進んだ。
父の影響で大の広島ファンであり、丸佳浩(現・巨人)に憧れた少年時代。捕手や三塁手も兼ねるなど打力も高く、投手に専念すると球速は一気に伸び、中学3年時には145キロに到達した。
大阪桐蔭は自転車で通える距離にありながら、憧れだった寮生活もスタート。全国から集まる逸材たちに囲まれ、腕を磨いていった。
選抜大会準決勝の専大松戸戦で好投した大阪桐蔭・吉岡貫介 photo by Ryuki Matsuhashiこの記事に関連する写真を見る
【「大丈夫です」の言葉に潜んだ違和感】
今年1月半ば、雑誌の取材でプロフィール的な話題に和やかに応じてくれたところで、気になっていた本題へと切り込んだ。秋以降のコンディションと春の見通しについてだ。何より、不安は払拭されているのか。これには即答で「大丈夫です」。ただ、自信満々というよりは、どこか含みを残した響きにも感じられた。角度を変えていくつか問いかけると、言葉を補うように答えてくれた。
「今もボールの強さは出せていますが、少し投げていなかったので、投げる体力はやや落ちています。ここからフォームをつくっていけるかどうか。でも痛みとかはないので、暖かくなってくれば、選抜にしっかり合わせていけると思います」
次に話を聞いたのは、選抜開幕が目前に迫った3月8日。対外試合解禁の翌日、関西学院(兵庫)とのダブルヘッダーが行なわれた日だった。これが選抜前、唯一の取材機会。この日、登板のなかった吉岡の周りに記者は少なく、ここでも現状を確認したが、前回と同様の答えが返ってきた。
「どこも不安はありませんし、段々と(調子が)上がっていい感じです」
この時点で大阪桐蔭の初戦は大会6日目。優勝するには後半8日間で5試合を戦い抜かなければならず、投手起用は極めて重要になる。橋本翔太郎コーチは「吉岡次第です」と語ったが、2年生左腕の川本晴大と復調途上の吉岡をどう使うか。そして吉岡がどれくらいの状態で大会に入るのかが最大の焦点だった。
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著者プロフィール
谷上史朗 (たにがみ・しろう)
1969年生まれ、大阪府出身。高校時代を長崎で過ごした元球児。イベント会社勤務を経て30歳でライターに。『野球太郎』『ホームラン』(以上、廣済堂出版)などに寄稿。著書に『マー君と7つの白球物語』(ぱる出版)、『一徹 智辯和歌山 高嶋仁甲子園最多勝監督の葛藤と決断』(インプレス)。共著に『異能の球人』(日刊スポーツ出版社)ほか多数。













