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【プロレス】藤原喜明はアントニオ猪木に「天国でも地獄でもいいから会いたい」 もし"再会"できたら聞きたいことを明かした (3ページ目)

  • 松岡健治●文 text by Matsuoka Kenji

【猪木に聞き忘れていたこと】

 藤原は、自宅に猪木の写真を飾っている。

「毎朝、写真に向かって『おはようございます』って手を合わせてるよ。だけど、あの人、たまに"出てくる"んだよ(苦笑)。家で寝ていると、風も吹いてないのにドアがいきなり開いたりな。そういう不思議な現象が起きた時は『あぁ......また猪木さんがいたずらしてるな』って勝手に思ってるんだ。俺の人生は、猪木さんに拾われたようなもんだからな。生きている限り心の中であの人を祀るし、俺の中では生きているんだ」

 手を合わせる時、藤原は猪木にこう告げているという。

「『俺ももうすぐ、おそばに参ります』って。本当にあの世があるかどうか知らないし、会えるかどうかわからんけどな......」

 神妙に言葉を絞り出していたが、何かに気づいたかのようにほほ笑み、続けた。

「俺は天国に行くつもりだけど、そうしたら猪木さんには会えないかもしれねぇよな。だってあの人は、天国じゃなくて地獄をさまよっているかもしれないから。ハッハッハ」
 
 藤原だからこそ言える猪木へのジョーク。瞳を少し潤ませて「天国でも地獄でもいいから、猪木さんに会いたいよ」と声を震わせた。

「会ったら聞きたいことがあってな。俺のことを『お前は天才だ』って言ってくれたけど、何に関して天才なのか確認するのを忘れてたんだよ。だから、『ところで俺は、なんの天才だったんですかね?』って聞きたい。ひょっとしたら、女をだます天才かもな(笑)」

 猪木への思いを打ち明けた藤原も、今年の4月で77歳。インタビューの最後に、今後の夢について語り始めた。

(敬称略。続く)

【プロフィール】

藤原喜明(ふじわら・よしあき)

1949年4月27日生まれ、岩手県出身。1972年11月2日に23歳で新日本プロレスに入門し、その10日後に藤波辰巳戦でデビュー。カール・ゴッチに師事し、サブミッションレスリングに傾倒したことから「関節技の鬼」として知られる。1991年には藤原組を旗揚げ。現在も現役レスラーとして活躍するほか、俳優やナレーター、声優などでも活動している。陶芸、盆栽、イラストなど特技も多彩。

【写真】 ケンコバのプロレス連載 試合フォトギャラリー

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