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【女子バレー】大阪マーヴェラスの榊原菜那は「バレーをすること以外に夢がない」 大ケガからの復帰戦も、緊張を楽しさが上回った (3ページ目)

  • 小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki

【大ケガからの復活】

「勉強よりも、バレーがしたかったんです」

 榊原は少しおどけて高校からトップリーグのチームに入った理由を説明する。しかし、八王子実践高校からJTマーヴェラス(現在の大阪マーヴェラス)に入団を決めるのは、大きな決断だったはずだ。

「自分はバレーをすること以外に夢がないんですよ。だから、『自然とここで生活している』って感じです。やっていて楽しいから続けている。そんな感じですね」

 言葉よりも行動こそがモノを言う。彼女が歩んできたバレー人生は揺るがない。そこで聞いた。

――人生で一番、バレーを感じた瞬間は?

 榊原は少しだけ思案し、気持ちを吐露した。

「去年、ケガをした瞬間ですかね」

 2024年10月に、右膝前十字靭帯断裂、内側側副靱帯損傷という大ケガを負った。

「左膝の状態が悪かったのがよくなってきたタイミングで、右膝をやってしまいました。リーグ開幕前の練習試合で、着地した時に近くにいた選手の足を踏んでしまい、崩れてしまったんです。その日は、病名はわからなかったんですけど、トレーナーは『たぶん、そうだね』と話していて。自分の場合、炎症が大きかったので2カ月は手術ができなかったんですよ」

 彼女の口調は落ち着いていた。しかし、前十字靭帯のケガは「全治まで10カ月から1年かかる」とも言われる。再び断裂しないように筋力を増強するなど、とにかくリハビリはきつい。同時に、ケガ前の状態に戻せる保証はなく、心身ともに削られるケガだ。

「最初は松葉杖でしたが、その状態でも座ってボールを触ったり、投げてもらったりしていました。復帰に向けては、最初は思うように動けなくて、『なんで』と焦りましたね。リーグ期間中だったから、(優勝争いをするチームに迷惑をかけないように)あまり感情は出せなかったです」

 そして今年10月のアランマーレ山形戦、榊原は復活を遂げた。1年間もコートに立たなかったのは、バレーを始めてから初めてのことだった。

「緊張もありましたけど、『楽しい』という気持ちが勝っちゃいました!」

 そう笑顔で語る榊原は、子供のようだった。彼女はバレーにハマっているのだろう。とことん、自分のペースで。

(後編:榊原菜那がミドルブロッカー目線で語った、後ろを任せたい『ハイキュー‼』のリベロは?>>)

【プロフィール】

榊原菜那(さかきばら・なな)

所属:大阪マーヴェラス

2002年3月7日生まれ、静岡県出身。180cm・ミドルブロッカー。小学3年で地元のスポーツ少年団に入り、バレーを始める。中学でミドルブロッカーに転向し、JOCの静岡県選抜に選ばれた。八王子実践に進み、3年時に春高バレーでベスト8に進出した。2020年、JTマーヴェラス(現大阪マーヴェラス)に入団した。

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

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