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「軟球なのに怖かった」 阪神・髙橋遥人の知られざる中学時代 ブルペン捕手を震え上がらせた衝撃の30球 (4ページ目)

  • 安倍昌彦●文 text by Masahiko Abe

 なぜ、これほどまでにコントロールがよくなったのか。私は、強く投げようとしすぎないことが大きいと見ている。

 力を込めれば速いボールを投げられる投手はいる。しかし、力まずに強いボールを投げられる投手は、そう多くない。?橋はその「秘術」のようなものを、長いプロ生活のどこかで、間違いなく身につけたのだろう。

 もともと持っていた天性のしなやかさに、無理のない出力と正確なコントロールが加わった。かつての課題が、いまや最大の武器のひとつになっている。そう考えると、あの日のことを思い出す。

 中学時代の髙橋と初対面で握手をした時、彼はなんだか眠そうな顔をして、フニャッと握り返してくれただけだった。

 ところが、ブルペンで30球ほどを投げ終え、「ありがとう! すげえボールだったよ!」と握手を求めると、今度はまるで別人だった。怖いぐらいにつり上がった眼差しで、強く、強く、握り返してくれた。

 ピンチでも動じない卓越した集中力は、オンとオフのメリハリが効いているからだろう。30歳になった?橋を画面越しに見つめながら、あらためて「モノの違い」を感じた。


髙橋遥人(たかはし・はると)/1995年11月7日生まれ、静岡県出身。常葉橘高、亜細亜大を経て、2017年ドラフト2位で阪神に入団。1年目の2018年に初登板初勝利を挙げ、2勝をマーク。2021年は4勝2敗、防御率1.65と好成績を残したが、左ヒジのトミー・ジョン手術や左肩の手術により、2022、23年は一軍登板なし。2023年オフに育成契約となったものの、2024年に一軍復帰を果たした。プロ9年目の2026年は自身初の開幕ローテーション入りを果たし、開幕から10連勝。23試合に登板して16勝3敗、防御率1.87、150奪三振を記録し、最多勝と最高勝率の2冠を獲得。5完投、4完封をマークし、セ・リーグ史上初となる同一年4度の月間MVPにも輝いた

著者プロフィール

  • 安倍昌彦

    安倍昌彦 (あべ・まさひこ)

    1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。

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