2020.06.03

甲子園に愛された黒川家。全国V経験者の
父が語る3兄弟の違いと指導法

  • 沢井史●文 text by Sawai Fumi
  • photo by Koike Yoshihiro

 昨年夏の甲子園で、今でも印象に残っているシーンがある。3回戦の星稜(石川)と智弁和歌山の一戦。延長11回に星稜のエース・奥川恭伸(現・ヤクルト)が右足をつりかけた際、熱中症を緩和する錠剤を手渡したのが、智弁和歌山の主将・黒川史陽(ふみや/現・楽天)だった。

高卒1年目ながら春のキャンプでは一軍に抜擢された楽天・黒川史陽 試合は延長14回の末、星稜がサヨナラで勝利したのだが、この黒川の行動について父・洋行さんはこう語る。

「いつも『自分がやったる』という気持ちを持てと、子どもの頃から言ってきました。あの試合、まったく打てなかった(6打数無安打)のですが、『ここで活躍するのはオレや』って、そう信じてプレーしていたと思います。あのシーンについては、すべては自分のために返ってくるという思いだったのかもしれないですね」

 黒川は情に厚く、自分にも厳しい。普段の練習でもストイックに追い込む姿を何度も目にした。自分が主役になりたいと思う一方で、相手には最高のコンディションでいてほしい……それがあの行動につながったのだろう。

 ちなみに、黒川は5季連続で甲子園の土を踏み、兄の大雅(現・九州共立大4年)は日南学園(宮崎)で3年春夏に甲子園に出場。弟の怜遠(れおん)も現在、星稜の2年生で、この春に開催されるはずだったセンバツでもベンチ入りする予定だった。

 なにより、父の洋行さんは上宮(大阪)で1年秋からレギュラーとして活躍し、1学年上の黒田博樹(元広島)や筒井壮(元阪神)らと一緒にプレー。主将として出場した1993年春のセンバツでは全国制覇を果たすなど、まさに”甲子園一家”である。