【高校野球】「夏には160キロまでいくかも」大阪学院大・林将輝は投げても打っても超一級品 プロスカウトは「今宮健太みたい」
近くて遠い甲子園〜大阪学院大高の苦悩(後編)
「本物」は、1球見ればわかる。
ドラフト候補と呼ばれる選手を見続けていれば、おおよその力量は見当がつくようになるものだ。林将輝(大阪学院大高)もまた、たった1球で「本物」と確信させるだけの圧倒的なボールを投げていた。
最速154キロを誇る大阪学院大高・林将輝 photo by Takahiro Kikuchiこの記事に関連する写真を見る
【スーパー中学生が大阪学院大高を選んだ理由】
8月半ばの練習試合だった。その日、林が投げたのは1イニングのみ。この日最速151キロを計測したストレートは、今夏の甲子園を沸かせた織田翔希(横浜)や平田玲翔(大分商)と遜色なかった。林はストレート一本で相手打線を圧倒し、2三振を奪った。
「ここ2、3カ月で一番よかったです。最近はボールをあまり制御できていなくて、今日はアウトローの真っすぐだけで勝負しようと決めていました」
外角低めに構えた捕手のミットを突き上げるようなストレートで、見逃し三振を奪う場面があった。その1球について触れると、林はほほ笑みを浮かべて「めちゃくちゃ気持ちいいっすね」と応じた。
肌はこんがりと焼けているが、「大阪の暑さは慣れないです」と明かす。林は北海道新ひだか町で生まれ育ち、大阪学院大高へ越境入学している。
「暑さには弱いんですけど、それは甘えなので。自分が慣れていくしかないですね」
林は、知る人ぞ知る「スーパー中学生」だった。日高シニアに所属した中学3年時に侍ジャパンU−15代表に選出。エース格としてU−15ワールドカップの初優勝に貢献した。進学時には高校球界の名だたる名門から声がかかったが、大阪学院大高へと進学している。
大阪学院大高は江夏豊(元阪神ほか)の母校だが、甲子園出場は1996年春の一度きり。中学球界のスターが選ぶ高校とは思えなかった。今から1年前、林に進学理由を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「甲子園に行くことより、『自分は将来プロになる』という思いが強かったんです。中3の夏に大阪学院の練習を見に来て、最初は『とにかく環境がすばらしいな』と。あとは自主練習の時間が長くて、自分のやりたいことができると思いました」
「雪国の朴訥な少年」というステレオタイプの人間像とはかけ離れた、強烈な自我を内に秘めた15歳だった。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。













