「腕の振りは7、球威は10」 東海大・菅野智之の150キロを受けた日 5時間経っても消えなかった手のひらの衝撃
流しのブルペンキャッチャー回顧録
第5回 菅野智之(ロッキーズ)前編
2011年春のリーグ戦の少し前だったように思う。この日、私は、当時アマチュア球界ナンバーワン投手とも評されていた東海大4年の菅野智之投手の全力投球を受けに、神奈川県平塚市にある東海大グラウンドのブルペンを訪れていた。東海大相模高校の3年時も受けていたから、菅野投手のボールを受けるのは、この時が2回目だった。
東海大では通算37勝4敗、防御率0.57、347奪三振と無双した菅野智之 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【破壊力抜群のストレート】
受けてから、もう5時間も経っているのに、心の火照りがまだおさまらない。一度はバッグにしまったミットをまた取り出し、右手をグーにしてポンポンとやってみる。捕球の衝撃が、まだ手の平に残っている。
すごいボールだった......。
菅野のストレートは、機関車のようにやって来た。ボールの左右に車輪がついている。それがシュッシュッ、シュッシュッと蒸気を上げながら、ミットを構えるこっちに向かってくるのだ。上から投げ下ろしてくるのに、機関車は坂道を駆け上がってくる。
その腕の振りで、このボールかい!
「7」ほどの力感の腕の振りから、「10」の破壊力のボールが飛んでくる。
右打者の外いっぱいに、ミットを構える。来た! スッとミットに入った。
「ダメだよ、こんなの! 真ん中だよ!」
精一杯の強がり。ほんとは、やっと捕ったのに。
「どうですかねぇ、140(キロ)後半は間違いないと思いますけど......」
あとで、「150出てたかな?」と聞いたら、菅野は涼しい顔でそう答えた。いや、出ていた、絶対に出ていた。
菅野だと思うから速いのか、菅野だから速いのか。
「カモン、トモ! ボックスのラインで!」
呼び名のトモは、彼のリクエスト。
来た! バッターボックスのラインをよぎった「150キロ」が、注文どおり右打者の外に突き刺さる。やっと間に合ったミットを、高めでピャーンと跳ね上げる。
「いいなあ、このボール。すんごいスピン!」
返す声に、若干の震え。怖くはない、震えているのは心だった。
著者プロフィール
安倍昌彦 (あべ・まさひこ)
1955年、宮城県生まれ。早稲田大学高等学院野球部から、早稲田大学でも野球部に所属。雑誌『野球小僧』で「流しのブルペンキャッチャー」としてドラフト候補投手のボールを受ける活動を始める。著書に『スカウト』(日刊スポーツ出版社)『流しのブルペンキャッチャーの旅』(白夜書房)『若者が育つということ 監督と大学野球』(日刊スポーツ出版社)など。



























