【プロ野球】元ホークス監督・藤本博史が語る異色の指導者論 11年の居酒屋経営が育んだ「人と向き合う力」 (2ページ目)
── 現役生活を振り返って、誇りに思っていることは何ですか。
藤本 出塁率ですね。通算打率は.235ですが、出塁率は.337でしたから。とにかく、塁に出ることを考えて打席に入っていました。
── 1992年には首位打者の佐々木誠さん(ダイエー)の出塁率をも上回りました。
藤本 2ストライクまでは自分のスイングをして、追いこまれたら考え方を変え、厳しいボールに対してはファウルで逃げる。ボール球を見極めるなど、いわゆる「2ストライクアプローチ」ができた成果だと思います。
【指導者として生きた居酒屋経営の経験】
── 1998年にオリックスに移籍し、その年限りで引退。翌年に古巣・ダイエーが球団創設初優勝を遂げたのを解説席で見ていて、どんな心境でしたか。
藤本 王貞治監督が胴上げされる姿を見て、「自分も輪の中に入りたい」というコメントを残していたみたいです。自分ではあまり覚えていないのですが......。16年間在籍したチームが優勝したのですから、うれしかったですよ。私が入団した当時は万年Bクラスでしたが、ダイエーになってから王監督を招聘し、根本陸夫さんがトレードで秋山幸二さんを、FAで松永さんや石毛さんを獲得。チームは活性化していきました。
── そうやって地盤づくりをしたのですね。
藤本 秋山さんが加入したのは大きかったですね。「こうしろ、ああしろ」とは言いませんが、背中でチームを引っ張ってくれました。私が引退する頃には、小久保裕紀や松中信彦が若手でいて、秋山さんを頂点としたいいバランスのピラミッドができていました。
── 引退後は、1999年から2010年までの11年間、居酒屋「藤もと亭」を経営されていました。
藤本 引退翌年から解説者を務めていたのですが、解説は多くても年間で50試合ほど。前日練習を見に行ったとしても年間100日。空いている日がけっこうあったので、居酒屋を経営したわけです。
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