巨人のドラ1浅野翔吾が語った意外な目標の数字 描く夢は「バントをしない2番バッター」
巨人の期待のルーキー、浅野翔吾この記事に関連する写真を見る いずれ一軍でプレーするために、今年をどう過ごしたいかビジョンはありますか?
その問いに対して、浅野翔吾はこう答えた。
「ファームで打率は.270以上、盗塁は10か15個以上。ホームランは......まあ、何本か打てたらいいかな、くらいにしか思っていません」
高校時代から浅野を取材してきて、誰よりも感覚肌の高校生だと感じていた。そんな浅野から、まさか具体的な数値目標が出るとは思わず驚いた。そして、その意外な中身に狼狽してしまった。まるで、リードオフマン系の選手を目指しているかのようではないか。
昨夏、高松商(香川)の浅野翔吾の名前は、一躍全国区になった。夏の甲子園では右へ左へ真ん中へ、3本のアーチを架けた。ドラフト会議では巨人と阪神の2球団から1位指名を受け、巨人が当たりくじを引き当てた。ドラフト会議のくじで11連敗中だった巨人にとって、待望の高卒スター候補だった。
浅野が放った高校通算本塁打は68本。さらに言えば、中学通算55本塁打、小学通算95本塁打と、幼少期から本塁打を量産してきた。
身長171センチと上背がないこともあり、浅野は高校時代から「自分は長距離砲ではなく、中距離ヒッター」とコメントしてきた。筆者のなかでは、勝手に「右の吉田正尚(レッドソックス)」という未来予想図を描いていた。
そんな浅野がプロ入り後、「ホームランを打ちたい思いは全然ない」と宣言したものだから驚いた。浅野はこんな思いを語った。
「プロの世界では首位打者を争うような、ヒットを量産して、時には二塁打、三塁打を打てるような選手になっていきたいです。ホームランを30本も40本も打ちたいという目標はなくて、むしろ打率や出塁率を求めていきます」
「もうホームランは打ち飽きましたか?」と冗談めかして尋ねると、浅野は笑いながらこう答えた。
「打てるものなら打ちたいです。だけどプロの球ですし、しっかりセンターから逆方向を狙ってヒットを打っていきたいです。しっかりとらえたら、勝手に打球は飛ぶのかなと」
実際に3月に入ってから、浅野は実戦でヒットを重ねてきた。「2ストライクから打てる確率はほとんどないから」と積極的にファーストストライクからスイングし、ファームの投手相手に好成績を残している。それでも、浅野に満足感はない。
「結果が出ないよりはヒットランプがついているのでよかったですけど、力負けした打球が多くて、きれいなヒットが出ていないので」
プロのレベルは想像以上に高かった。高校時代は「三振を取れるピッチャーだけが投げてきた」という落ちる系の変化球を、プロではほとんどの投手が当たり前のように投げてくる。2ストライク後だけでなく、カウント球としてフォークを投げてくるケースもあり、浅野は戸惑いを隠せずにいた。
「広島の野村(祐輔)さんと対戦した時は、チェンジアップが消えました。チェンジアップを『打てる』と思って振りにいったのに、ワンバウンドでバットに当たらなくて。手も足も出ずに三球三振でした」
失敗談のはずなのに、語り口が心なしか生き生きとしているように見えた。
幼少期から怪童として鳴らした浅野と、まともに勝負してくる投手は四国内にほとんどいなかった。相手バッテリーは浅野に対して、「当ててもいい」という感覚でインコースを突いてくる。必然的に死球が増え、浅野はフラストレーションをためていた。高校時代のチームメイトから「人間じゃない」と評された超人的なエネルギーと、独特の感性。高校生では手に負えるはずもなかった。
まだ2軍とはいえ、プロでハイレベルな勝負に身を投じられるのはうれしいのではないか。そう尋ねると、浅野は「正直言って喜びはそんなにないんですけど」と苦笑しながらこう続けた。
「今まで見たことのない真っすぐ、変化球を経験できているなと感じます」
高校時代は一時スイッチヒッターにチャレンジしていたが、プロ入り後は「中途半端なことはしたくないので、まずは右をつくり上げてから」と封印中。今後についても「右で結果を残して、余裕が出てくれば」と語るにとどまった。
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著者プロフィール
菊地高弘 (きくち・たかひろ)
1982年生まれ。野球専門誌『野球小僧』『野球太郎』の編集者を経て、2015年に独立。プレーヤーの目線に立った切り口に定評があり、「菊地選手」名義で上梓した『野球部あるある』(集英社/全3巻)はシリーズ累計13万部のヒット作になった。その他の著書に『オレたちは「ガイジン部隊」なんかじゃない! 野球留学生ものがたり』(インプレス)『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)『下剋上球児 三重県立白山高校、甲子園までのミラクル』(カンゼン)など多数。