門田博光が語っていた死生観。晩年15年間100回以上顔を合わせ、最後の通話者でもあったライターが明かす、レジェンドとの会話

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

【望みどおりの人生の幕引き】

「何かあったら連絡してください」

 いつからか、取材が終わったあとや電話を切る際のお決まりのひと言になっていた。基礎疾患を持つ高齢者のひとり暮らし。いつ何があってもおかしくない状況は続いていた。この声かけをするようになって以降、時折、夜に電話がかかってくることがあった。

 少々気が立っている時もあった。"アホな話"が広がり、ついていくのが大変な時もあった。ある時の退院直後には、「なんやうまく立たれへんのや」と困った感じで連絡がくることもあった。

 こちらは大阪にいるため、すぐに駆けつけることはできないが、ひとまず気分が鎮まり、門田の話したいことがなくなるまでつき合った。

 最後の取材から1週間あまりの間にも二度電話があった。どちらも昼の時間帯で、二度目は発見される3日前。先の出版社から取材謝礼を受け取ったという報告だった。

「ありがとさん、それだけの電話や」

 短いやりとりの最後にも、いつものひと言で電話を切った。その後、門田からの連絡はなく、穏やかな日常を過ごしているのだと思っていたのだが......。

 門田の携帯電話での最後の通話者が私で、ほかにかけた形跡はないという。おそらく、最期は苦しむことなく、静かに息を引きとったのではないか。もしそうだとすれば、常々の宣言どおり、見事な人生の幕引きだったと。

 膨大な取材記録を一冊にまとめるという話が出たのは、もう7、8年も前だ。しかし門田への興味が尽きず、まだ書き足りない、もっと知りたいと相生へ通い続けた結果、今も完成には至っていない。書き手としては失格だろうが、この贅沢な時間を手放したくない、ふたりだけの話にとどめておきたい......そんな気持ちになったこともあった。

「ほんまに(本は)出るんか? もう俺に需要はないということやないんか」

 門田からそう言われたことも何度かあった。それでもようやくゴールが見え始めた昨年、まだまだ粗い段階だったが、前半部分の原稿を持参し、軽く目を通してもらった。すると「あなたに任せる。見たこと、聞いたこと、思うように書いたらええ」と言われたあと、「ひととおりは最後までできてるんかいな」と聞かれた。「後半、とくに締めのところをまだ考えているところです」と答えると、「なんでも最初と最後が肝心なんや。バッティングでも構えがスッと決まって、最後に腰がグッと回りきった時は......」と極意につながった。

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