門田博光が語っていた死生観。晩年15年間100回以上顔を合わせ、最後の通話者でもあったライターが明かす、レジェンドとの会話

  • 谷上史朗●文 text by Tanigami Shiro
  • photo by Sankei Visual

「『おはようさん』と『お疲れさん』と2つしか口にせんと帰っとったわ」

 現役時代を振り返り、門田がよく口にするセリフだが、ひたすら己の技術を磨くことに没頭した生粋の職人。同時に豪快なバッティングのイメージとは裏腹な、至極繊細な神経の持ち主でもある。44歳でユニフォームを脱いだ瞬間から、その繊細さや頑なさが社会での生き難さとなってついて回ったことは想像に難くない。

 喫茶店での店員の対応に「なんでや」と首を傾げながら気分を害し、市役所の窓口での説明に「もうええわ!」と手元の用紙を丸めたこともあった。医師が示した治療方針の説明が腑に落ちず、「もっとチャレンジする治療法はないんか」とぼやくことも。

 門田の言い分に筋が通っていると感じることは少なくなかったが、ほどほどの合わせる、「こんなものだ」と流すことができない人だった。それだけいろんなものに引っかかっていると「疲れるだろう」と何度も思ったが、だからこそプロの世界で567本ものホームランを打てたのだろうと妙に納得したものだ。

 門田は取材者にも、常に本気を求めた。前回聞いたことを忘れ、同じ質問をすることを最も嫌った。また取材中は絶対に時計を見ないようにしていた。知り合い始めの頃、時間を確認するため壁にかかっていた時計に目をやったところ「忙しいんか? 撤収しよ」と、さっと顔色を変え、椅子から腰を浮かしたことがあったからだ。

 相手の目や心の動きを見逃さず察する。まさに勝負師の本能を感じるものだった。

 ほかにも、かかってきた電話にはどれだけ長くなってもこちらから切る空気は絶対に出さない。並んで歩く時は門田の左側、ビールはサッポロ......時には無理難題もあったが、基本的に門田の提案、要望はイエスで応えた。

【門田が語っていた理想の最期】

 いつかの年の瀬。冷たい風が吹くなか、取材場所のホテルから近くの駅まで並んで歩いていると、ふと門田が言ったことがあった。

「なんでやろな、あなたとしゃべっとったら不思議と腹が立たんのや」

「僕がたいしたことを言わないからですよ」とその時は軽く返したが、自称「どうしようもない照れ屋」からもらったこれ以上ないひと言。以来、門田への思いはより強くなった。

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