片岡保幸が振り返る伝説の走塁。2008年日本シリーズ西武VS巨人の第7戦「サインはギャンブルスタート。すべてがイメージどおり」 (4ページ目)

  • 長谷川晶一●文 text by Hasegawa Shoichi
  • photo by Sankei Visual

── どういう点が「正しくない」ですか?

片岡 シリーズ最終戦の終盤、1点負けている場面なのに、かなりギャンブル的な要素が強いからです。たとえば盗塁の場面。ツーアウトならまだいいけど、ノーアウトで、ここから上位打線に続く場面で、強い根拠もないのに自信満々に盗塁をするというのは、コーチとしてはちょっとどうかなって思います。もし、「何で走ったんだ」と聞かれても、「すみません、牽制は来ないと思ったので......」としか言えなかったですから(笑)。

── しかし、結果的にはここで同点に追いついたことで、この回に一気に逆転して、土壇場での日本一を決めることになりました。グラウンド上で選手が感じる「感覚」も重要だという気もします。

片岡 そうですね。選手がグラウンドで感じる「感覚」は大切にしてほしいです。たとえばポジショニングなんかは、とくにそうですね。データではそうなっていても、自分の感覚で「違うな」と思うことがあれば、それは大切にしてほしいです。

── あらためて、2008年日本シリーズのこの場面を総括してください。

片岡 渡辺監督になって最初の年で、開幕からずっと1番で使われて、「なんとか期待に応えなくちゃ」と頑張った一年でした。さっきも言ったように、この一年間の集大成があの日本シリーズで、僕にとっても忘れられないシーンとなりました。

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  プロフィール
片岡保幸(かたおか・やすゆき)/1983年2月17日、千葉県生まれ。宇都宮学園高(現・文星芸大付属高)から東京ガスを経て、2004年ドラフト3巡目で西武に入団。俊足を生かしたプレースタイルで07年から4連続盗塁王を獲得。08年には最多安打に輝き、リードオフマンとして日本一にも大きく貢献した。09年、第2回WBC出場。14年、新天地ジャイアンツへ移籍し、15年には通算300盗塁を達成した。その後は度重なるケガに悩まされ、17年に引退を発表した。18年から21年までジャイアンツ二軍内野守備走塁コーチを務めた。

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