新庄剛志に始まり、今年の秋山翔吾も。NPBに復帰したメジャーリーグ日本人打者13人に共通して言えること (4ページ目)

  • 津金壱郎●文 text by Tsugane Ichiro
  • photo by Kyodo News

新興球団・楽天が受け入れ先

 2012年のミルウォーキー・ブルワーズを皮切りに、2017年までMLB7球団を渡り歩いた青木は、2018年にヤクルトに復帰。40歳になった今シーズンも首位を走るヤクルトの主力としての活躍は御存知のとおりだ。

 2004年創設の新興球団がメジャーリーグ帰りの日本人選手の受け入れ先になったのが、2010年オフだった。田尾安志、野村克也、マーティ・ブラウンの流れを経て、楽天の監督に星野仙一が就任する。

 2011年から楽天のユニフォームで、2004年からメッツなどでプレーした元西武の松井稼頭央(現・西武ライオンズヘッドコーチ)と、2007年かタンパベイ・レイズなどでプレーした元ヤクルトの岩村明憲(現・福島レッドホープス球団代表兼監督)が、星野監督のもとでプレーすることになった。

 松井は東日本大震災のあった1年目のシーズン前半戦こそ適応に苦しんだが、夏場から本領を発揮。8月には月間MVPを獲得するなど、終わってみれば139試合出場でチーム3位の打率.260、同2位の9本塁打、同1位の48打点と主力としての働きを見せた。

 その後も2015年までレギュラーで活躍したが、2016年からベンチを温めることが増え、古巣の西武にコーチ兼任プレーヤーとして復帰した2018年かぎりで現役引退。2019年からは西武で二軍監督、今季から一軍ヘッドコーチを務めている。

 もうひとりの主力として期待された岩村は、1年目のシーズン序盤に打撃不振に陥ると、守備でも精彩を欠いて二軍落ち。定位置を失って77試合175打数32安打の打率.183。2年目も開幕から二軍暮らしが続き、一軍では26試合67打数14安打の打率.209と寂しい成績に終わった。

 その後、2013年からヤクルトに復帰して2年在籍したが、往年の打棒を取り戻せずに戦力外通告。2015年から独立リーグの福島ホープスで選手兼任監督を務め、2017年かぎりで現役を引退した。

4 / 5

厳選ピックアップ

キーワード

このページのトップに戻る