2022.05.02

元ヤクルト鎌田祐哉が不動産業で積み上げてきた信頼と実績。1年後輩の石川雅規の活躍には「刺激をもらってます」

  • チャッピー加藤●文 text by Chappy Kato
  • 村上庄吾●撮影 photo by Murakami Shogo

ヤクルト2000年ドラフト2位
鎌田祐哉インタビュー 後編

(前編:ドラフト2位でのプロ入り秘話と試練続きだった現役時代>>)

 現役時代はヤクルトで投手として活躍。2012年に現役を引退した鎌田祐哉。セカンドキャリアに選んだのは「不動産業界」だった。なぜ、まったく畑違いの世界に転身したのか? その野球人生と、第二の人生について聞いた。

現在は不動産業で働く元ヤクルトの鎌田現在は不動産業で働く元ヤクルトの鎌田 この記事に関連する写真を見る ***

 プロ11年目のオフ、2011年10月に楽天から戦力外通告を受けた、当時32歳の鎌田。「トライアウトを受けて、ダメなら野球をやめて就職しよう」と決意した時、突然携帯が鳴った。

「鎌田、これからどうすんの?」

 電話の主は、元ヤクルト打撃コーチの荒井幸雄氏だった。当時、巨人の二軍打撃コーチを務めていたが、ヤクルト時代に仲がよかった鎌田のことを案じて、わざわざ連絡をくれたのだ。

「とりあえず、トライアウトを受けようと思ってるんですけど」「そうか。今ちょうど、知り合いの統一ライオンズ(台湾)のスカウトが日本に来てるんで、お前のこと、見ておくように言っとくから」

 トライアウトを受験した鎌田だったが、残念ながらどこからもオファーはなく、諦めて就職活動を始めた矢先に、再び荒井氏から連絡が入った。

「前に言ってた統一のスカウトから『カマタはこちらに来る気はないのか?』って電話があったぞ。テストを受けに行ったらどうだ?」

 慌てて肩を作り、台湾に飛んだ鎌田。「肩は60%ぐらいの出来だったんですけど合格することができました。ただ、契約の条件提示は"2カ月の契約"だった」という。日本では聞き慣れない契約だが、外国人選手の入れ替わりが激しい台湾プロ野球では、それが当たり前のようだ。

「向こうに行って2カ月でクビになったら、6月から就職活動を始めなきゃいけない。時期的に中途半端だし、どうしようかと戸惑いもありましたが、チャンスと受け止めて海を渡ることにしました」