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【ミラノ五輪】高梨沙羅「飛ぶ直前まで寄り添ってくれた」 団体で力を発揮する「日本らしさ」 (2ページ目)

  • 小宮良之●文 text by Yoshiyuki Komiya

【フィギュアスケート、パシュートでも】

 ふだんは個人で緊張や重圧やストレスと向き合う競技者が団体で戦うとき、日本人はどの国の人よりも力を発揮する傾向があるように見える。バトンをつなぐ。その感覚は特有のもので、陸上や水泳でも見られる現象だろう。技術的なものだけでなく、精神的に"誰かのために"という共有でお互いが励まされ、逆境にも勝てる構造だ。

 フィギュアスケート団体でも、いつもはひとり(カップル競技はふたりだが)でリンクに立ってプログラムを演じる彼らが、ともに戦うことで力を引き出されていた。アメリカにはわずか1ポイント及ばなかったものの、銀メダルを勝ち取った。坂本花織のようなリーダーが音頭を取って、自らもポイントゲッターになれたことも大きかったかもしれない。

「体力面を心配する声はあるかもしれないけど、やっぱり日本が勝つためには『この人しかいない』という戦力で使ってくれるのはうれしい。自分たちも応えたいって思いました」

 坂本はそう言って、「狙って取ったメダル」を心から喜んでいた。

 リンクサイドには各国の応援ブースが用意され、そこで選手やコーチたちが声援を送っていたが、日本はどの国よりも多くの人数が陣取っていた。他の国の選手も仲間を応援しているのだが、日本陣営は自分のことのように歓喜し、激励した。リンクに立つ選手の気概に共感しているからだろう。

「みんながノーミスの演技だったのはすごかったし、この一員になれたことを誇りに思っています」

 鍵山優真もそう言って胸を張ったが、それぞれを思う気持ちがひとつに接続されていた。

 調和という点では、スピードスケート女子団体パシュートは最たるものだろう。

 スピードスケーターはふだん、個人でタイムを争うが、団結して滑ることで互いが高め合う。パシュートは3人一体となって間隔を開けず滑り、風の抵抗をなくしながら前の選手のお尻を押す「プッシュ」で阿吽の呼吸が試される。ひとつの生き物の六臂六足のごとく氷上を滑り、平昌五輪では金、北京五輪では銀を勝ち取り、今や日本のお家芸となった。

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