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【ミラノ五輪】りくりゅう「絶対に攻めきる!」 当日夕方まで泣き続けていた崖っぷちからの大逆転劇 (3ページ目)

  • 折山淑美●取材・文 text by Toshimi Oriyama

【ペアをやってよかった、と言える日まで】

 互いの信頼関係の深さがもたらした快挙。「金を獲りには行っていたけど、本当にこんな日が来るとは夢には思っていなかった」という小林氏は、木原をペアに誘ったきっかけをこう振り返る。

「2011年の世界ジュニア選手権に龍一君がシングルで出場した際、マーヴィン・トランと組んでペアに出ていた高橋成美ちゃんが一緒だったので遊びでやってみたら、成美ちゃんが『マービンの手に似ている』と言ったのがきっかけ。龍一君も楽しそうだったし、とにかく誠実でとても信頼のおける保護能力も感じたので彼が一番だと思った。

 覚えているのは彼の両親と名古屋で(ペア転向について)話した時のこと。お父さんが『わかりました。でも芳子さん、はしごを外さないでくださいよ』と言われました。龍一君が本当にペアをやってよかったと言ってくれる日まで応援したいなというのは、その時の言葉で心に刻みました」

 高橋成美と組んだペア初シーズンには、2014年ソチ五輪の団体に羽生結弦や浅田真央らとともに出場した。当時は「なかなかチームに貢献できなくてつらい思いをしたと思うけど、それでも本当に辛抱強く練習してここまで来たんだと思います」と小林氏は言う。

「お互いにペアを解消したばかりの三浦さんとの、本当に奇跡のような出会いから始まって、ブルーノという温かいコーチについて家族のように育てていただいた。2022年のGPファイナルで優勝した時に、振り付けのローリー・ニコルさんがふたりの演技を見て『彼たちはスペシャルだ』と言ってくれました。ふたりの絆を演技で見ると本当にみんなの心が温まるから、今日は結果ではなくてふたりのそういうスペシャルな演技をしてほしいという思いでした」

 どん底まで落ち込んだ気持ちを本番直前には立て直し、三浦とともに大逆転で金メダルを手にした木原。その原動力のひとつに、日本のペアの道を切り拓き続けてきたプライドもあったはずだ。

著者プロフィール

  • 折山淑美

    折山淑美 (おりやま・としみ)

    スポーツジャーナリスト。1953年、長野県生まれ。1992年のバルセロナ大会から五輪取材を始め、夏季・冬季ともに多数の大会をリポートしている。フィギュアスケート取材は1994年リレハンメル五輪からスタートし、2010年代はシニアデビュー後の羽生結弦の歩みを丹念に追う。

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