小説『アイスリンクの導き』第3話 「福山凌太の事情」 (5ページ目)

「今日、凌太が味方になってくれたけ」

 それを聞いた凌太は、少しだけ嫉妬した。自分も、こうやって相談していたら、違う道のりがあっただろうか。いや、臆病で面倒くさがり屋な自分は、同じ道を辿っていた気がする。

 ただ、スケートが嫌いだったわけではない、と叫びたかった。

「俺の分まで、スケート頑張れ」

 凌太はそう言いかけ、黙ることにした。そんなことを言う必要はない。思いを背負わせるのは、呪いになりかねないだろう。しかし翔平は、きっと受け取ってくれる。報われなかったすべてのスケーターの思いを背負うことができる。それが翔平のすごさだ。

「それでさ、もう一つお願いがあって」

 翔平が改まって言った。

「何じゃ?」

 凌太は少し身構えるように訊いた。

「凌太に特別コーチをやってほしいんじゃ。週1回とかでもええ。リンクでダメ出ししてほしい」

 波多野が亡くなった後、振付師兼で鈴木四郎が便宜上、翔平のコーチを務めていた。

「お前が、波多野先生以外に正式なコーチを必要としていないことは知っとるしな......」

「だからこそ、お前にやってほしいんじゃ。僕のコーチはずっと波多野先生じゃけ、他のコーチに頼もうとは思わん。ただ、信頼できる誰かに『ダメだ』とか、『いいぞ』とか本音で言ってほしい」

「まあ、お前が成し遂げたことを考えたら、みんな厳しいことは言いにくいってなるのは、ほうじゃろーが」

「凌太なら、言えるじゃろ?」

「言えんこともないが」

「ほうじゃろ、頼むわ」

「丸め込まれたような気もする」

 凌太はそう言って笑った。

「ちっちゃな頃からの縁と思うて。たまには、お願い事を聞いてもらってもええじゃろ?」

 翔平はいつになく方言が強めだった。凌太は肩をすくめてみせた。

「まあ、手遅れにならんうちに戻ることができてよかったな」

 凌太は「引き受ける」という答えの代わりにそう返した。

「うん」

 翔平が子供のように頷いた。

 スケートがあったからこそ、凌太は翔平ともこれだけわかり合える。リンクでは、いろんな出会いがあった。その恩返しをする時だ。

 凌太は本日のケーキがチーズケーキだったのに気づいて、店主に大声でオーダーした。

「翔平、お前はしばらくケーキ禁止な。これはコーチからの通達じゃ。アルコールも全面禁止」

 凌太は得意げな顔で宣言した。

(つづく)

著者プロフィール

  • 小宮良之

    小宮良之 (こみやよしゆき)

    スポーツライター。1972年生まれ、横浜出身。大学卒業後にバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)、『アンチ・ドロップアウト』(集英社)など。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。パリ五輪ではバレーボールを中心に取材。

5 / 5

関連記事

キーワード

このページのトップに戻る