小説『アイスリンクの導き』第3話 「福山凌太の事情」 (3ページ目)
フィギュアスケーターのような表現者たちは、常に自分のキャラクターをリンクで出し、命を燃やすようにして争っている。キャラクターそのものはさまざまで、何が正解というのはない。しかし日々の研鑽を積んだ選手だけが、人間性を含めた才能に化学反応が起き、華やかさも紡ぎ出せる。それは圧倒的で、ひれ伏すような輝きがある。
そう考えると、自分にはやはり理想をつかみ取るような飢えが足りなかった。あっち側の人間ではなかったのだ。
それが悲しい、とか、辛い、とか、はすでに感じられない。いや、悔しさに似た無念さはあるか。それは決して外には出さないようにしているし、あふれ出るほどの感情でもないから、どうにか処理できる。
ただ、今も居場所を探し続けているのかもしれない。
凌太は三浦富美也の特別コーチについて、前回のデンバー五輪や世界選手権で優勝させた。いや、させた、という言い方は正しくない。富美也には、頂点に立てる資格があった。
翔平が膝のケガで思うように滑れなくなって、成績が落ちていったのはあるだろう。もし膝が完璧だったら、富美也はかなわなかった。それだけの差はあったはずだ。
ただ、富美也は食らいつくようにトレーニングを積んでいたし、その連続でケガをしないだけのタフさも持っていた。貪欲に4回転5種類のジャンプを習得し、ステップ、スピンもレベルを落とすことはなかった。何より、勝負どころのスケーティングは覇者の風格を備えていた。
コーチの経験は特別だったし、富美也にも感謝もされて、充実感もあった。ただ、どこかで満たされない思いも残っていた。その正体が、うまく表現できない。
いや、わかっている。
自分はもう一度、競技者としてやり直したかった。
凌太は、富美也が昇る太陽のように激しく輝く演技を見せ、翔平がケガと格闘しながらも滑り続ける姿を、心のどこかで羨ましく思っていた。競技に見切りをつけ、逃げる道を選んだのは自分である。勝つことができない自分を許せなかった。惰性で続けることはできなかったし、すっぱりとやめることが自分のスケーターとしてのあり方だ、と強がっていた。自分の心は傷ついていない、と見てみないふりをしていた。
しかし、滑ることに未練はないわけではなかった。
だからこそ、凌太は翔平の気持ちが手に取るように理解できた。今の自分が競技者に復帰することはできない。でも、翔平は競技に戻っても何かを残せる。それは単純なタイトルやスコアではない。全身全霊の自分自身との戦いで、人の心を動かせる。
「翔平は、また滑り続けられー。きっと、待っとる人がおるで。俺もその一人って覚えとけ」
凌太は言った。
「ありがとう。凌太に背中を押されるのが、一番頼もしい。なんて言われるか、わからんかったし」
「年齢のこととか考えんな。世間が何を言おうと、ええじゃろ。お前がやりたいことをやるのが一番」
「ほうじゃな」
翔平はほっとした顔つきで言った。
「結菜もきっと祝福するはずじゃ。はよ、相談せい。現役復活、あいつに特集番組でも作ってもらえばええ」
凌太が言う。
「それは、なんか照れるな」
二人は同時に笑った。
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