小説『アイスリンクの導き』第3話 「福山凌太の事情」 (2ページ目)
「スケートが好き、という総量が足りない」
コーチにそう言われたことがあった。反復練習を面倒くさがって、練習に打ち込めない様子を揶揄された。振り返ってみると、それは正しい指摘だったのかもしれない。
滑ること自体は嫌いではなかったが、翔平のように純粋な思いだったか、今も定かではない。スケートは好きだったし、楽しかったが、"それだけに人生を懸ける"という段階に入った時、自分は狼狽えてしまった。当時の世界王者たちと競った国際大会では、その覚悟のなさで完膚なきまでに打ちのめされることになった。
自分の場合、勝負そのものは好きだった。競技者として、リンクにたゆたうざらついた緊張感というのか。負けたら築いてきたものを失うかもしれない。そう思うと、火事場力が出た。土壇場での勝負に惹かれるところがあった。子供っぽいのだ。
しかし日頃の練習を怠って、本番の滑りだけは頑張る、では転落は必然だった。
ジュニアでは通じていたスケーティングが、「所詮は小手先だった」というのは身に染みた。騙し騙し、ある程度は戦い続けることができただろう。しかし、絶対に越えられない壁に突き当たってしまい、それ以上は前に進めなかった。小さな壁すら意識して上ってこなかっただけに、高い壁を前に心が折れた。そこで自分が選んだ道は「逃亡」だった。
ただ、本当に自分はスケートを好きではなかったのか?
今でも、その問いを何度も繰り返している。答えは出ない。だから、考えないことにした。
「結菜とは連絡とっとる?」
翔平がコーヒーカップを右手で持ちながら、探るように質問する姿が目に入ってきた。橋本結菜は幼馴染で、小学校までは3人でつるむ機会が多かった。勝ち気で手に負えないところもあったが、翔平と凌太の二人を強く結びつけた。
「とっとらん。でも、嫁はたまにメッセージ交換しとる」
凌太は答えた。翔平、凌太、結菜、そして結菜の友人だった池田美咲の4人で、旭川の花火大会に出かけたことがあった。それが縁で、付き合うことになって結婚していた。
「そろそろ連絡してみようかなって」
「ついに告白か?」
凌太が翔平をからかうように笑った。
「そんなんじゃのうて、迷っとることがあって」
「なんなん?」
「いや、これからのことっていうか......」
翔平が言い淀んでいると、凌太が端的に言った。
「現役復帰とか?」
「え? なんでわかるんじゃ??」
翔平は驚いた顔で訊き返した。
「言うたじゃろ、お前はなんでも顔に出よる」
翔平は凌太が鼻を鳴らす姿に、放心しているようだった。
凌太は、「変わらんな」と懐かしく思う。どんな時も真剣で真っ直ぐで、不器用。軽妙なところが自分らしい格好良さだと思う凌太は、翔平の本気をからかうようなことが多かった。そして、自分が伸び悩んだのは、きっとそういうところにあるんだろうな、と自分を憐れんだ。
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