【プロレス】藤原喜明がガンとの闘いで感じた、師匠カール・ゴッチとの縁 現役を続ける今の目標は「生きた証を遺しておきたい」 (3ページ目)
【喜寿にして現役。今後の目標は?】
病院の定期検診は、ここ3年ほど受けていないという。
「再発してるかどうかなんて、わからん。もう、あんなにキツイ抗がん剤治療はやりたくないんだよ。簡単な手術ならいいけど、面倒くさい手術もしたくないんだ」
岩手の農家に生まれ、サラリーマンを経て調理師を目指すも、さまざまな縁で新日本プロレスに入門。アントニオ猪木、ゴッチという人生の師と出会い、道場で関節技を磨き、佐山サトル、前田日明ら多くの後輩を育てた。藤原ほど"人を育てた"レスラーはいないだろう。
リング上でも、札幌で長州力を襲撃して一気にメインイベンターへと駆け上がり、移籍したUWFで高い技術と強さを披露した。プロレスの歴史に残る"職人"としてファンから絶大な支持を受けてきた。
今年の5月27日には、新日本プロレス時代の弟弟子でもある初代タイガーマスク・佐山サトルが主宰する「ストロングスタイルプロレス」に参戦した。藤原の喜寿を記念した6人タッグマッチで船木誠勝、石川雄規とタッグを結成し、村上和成・髙橋"人食い"義生・アレクサンダー大塚と対戦。強烈な頭突きで村上を流血に追い込む壮絶ファイトを展開するも、高橋のヒザ十字固めによりレフェリーストップで敗れた。
現役レスラーとして闘い続ける藤原は、77歳を迎えた心境をこう明かした。
「人って死ぬんだよ。だから、好きなことをやったほうがいい。今の俺は、生きた証を遺しておきたいと思っている。死んだら忘れ去られるからな。写真、記事......俺が生きた証をひとつでも多く遺してこの世を去りたいんだよ」
続けて、今後の夢も語った。
「プロレスラーは、プロレスしかできない。リング上で死ねたら幸せだな。それが夢だよ。まぁ、そんなことになったら周りのヤツらが迷惑だろうけどな(笑)。
猪木さんのようなスーパースターは、無様な姿を見せられないからプロレスをやめなきゃいけないかもしれないけど、俺みたいなのはいつまでやってもいいんだよ。ただ、猪木さんも最後までテレビに出てたよな。お客さんに全部見せるのがプロレスラー。俺はこれまでの人生で、恥ずかしいことはしてない。真っ正直に生きたつもりだ」
最後に藤原は笑みをもらした。
「俺は才能の宝庫なんだよ。陶芸、絵、盆栽、役者......なんでもできたからな。だけど、すべてはプロレスがあったからこそ。苦労して、苦労して、関節技を完成に近づけてきた。この道しかなかった。いい人生だよ」
(敬称略。了)
【プロフィール】
藤原喜明(ふじわら・よしあき)
1949年4月27日生まれ、岩手県出身。1972年11月2日に23歳で新日本プロレスに入門し、その10日後に藤波辰巳戦でデビュー。カール・ゴッチに師事し、サブミッションレスリングに傾倒したことから「関節技の鬼」として知られる。1991年には藤原組を旗揚げ。現在も現役レスラーとして活躍するほか、俳優やナレーター、声優などでも活動している。陶芸、盆栽、イラストなど特技も多彩。
【写真】 ケンコバのプロレス連載 試合フォトギャラリー
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