【プロレス】藤原喜明がガンとの闘いで感じた、師匠カール・ゴッチとの縁 現役を続ける今の目標は「生きた証を遺しておきたい」 (2ページ目)
【師匠カール・ゴッチとの縁】
「食道との境目にある噴門部ってとこにガンがあってな。ステージ3。あとで本か何かで読んだんだけど、当時で術後5年の生存率は41.7パーセントだったらしくてな。それで胃の半分を切り取ったんだ。
正直、『俺は死ぬんだな』と思ったよ。どうせ死ぬならカッコよく死にたかったから、手術の翌日から毎日、病院の周囲を3周歩いてな。1周が15分くらいだったかな。術後2日目からは、点滴を担ぎながら階段の上り下りもした。
看護師さんが驚いてたよ。手術後にそんなに早く動いてる患者なんかいねぇからな。俺は驚く看護師さんを見て、『ざまぁみろ。俺はプロレスラーだからカッコよく死ぬんだ』って、心の中でつぶやいていた。人が『健康が一番』と思うのは、実際に病気になった時だけなんだとも思ったな。昨日まで普通に飯を食ってたのに、吐いちまうわけだからな」
手術は成功。しかし、そのあとにリンパ節への転移が発覚した。
「それで抗がん剤治療をやったんだが、それはキツかったよ。眼はチカチカするし、歯ぐきからは血が出るし......2年間は薬を飲んだな」
それから18年が経ち、4月27日に77歳の喜寿を迎えた。藤原は、ガンを発見するきっかけとなった、右ひじの検査を受けた日にちに不思議な縁を感じていた。
「検査した日は8月3日。その日は、カール・ゴッチさんの誕生日だったんだよ。ゴッチさんが俺に、ガンを教えてくれたのかも知れねぇなって思うんだ」
その数日前、2007年7月28日には、ゴッチ氏が82歳で亡くなった。天国の恩師が愛弟子へ、ガンのことを教えてくれたのかもしれない。そして、大病を乗り越えてリングに復帰した。
「ここまで生きてこられたのは、ただのラッキーだ。これは、あくまでも俺の考えだけど、一回ガンをやると肉体の限界に達するんじゃないかと。細胞は毎日分裂しているらしいけど、その分裂の"設計図"が壊れてガン細胞ができるわけだから、そこを切ったとしても、新陳代謝の限界が来てるってことだろ? まぁ、間違ってるかもしれねぇけどな。とにかく、俺が今生きていることは、ラッキーだと思うんだよ」
2 / 3


