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外国人記者が語る「私たちが錦織圭を愛する理由」 (3ページ目)

  • 内田暁●構成 text by Uchida Akatsuki  photo by Getty Images

「アメリカでは、20代の男性トップアスリートがミッキーのスマホカバーを使うことはまずないわね。少なくとも、人前でそれを見せたりはしない」というのが、彼女の見解。アメリカの大衆が男性アスリートに求める「男らしさ」が、それを許さぬ風潮を生むからだという。そういえば、先日発売されたアメリカ誌『TIME』に掲載された特集記事でも、錦織が昨年末のエキシビションでヒヨコの衣装を着ていたことが、「日本人的特性」として紹介されていた。アメリカに長く住みながらも、アメリカ的マッチョ信奉に捉われぬ錦織の自然体(あるいは理解不能)な立ち居振る舞いを目にした時、異国の記者たちは、それを「日本人らしさ」と解釈するのかもしれない。

 その一方で、錦織を「アメリカ人的だ」と評する記者たちもいる。フリーのテニスジャーナリストとして30年近く新聞やラジオで活躍し、日本のテニス誌でもコラムを執筆していたフランス人のジョージ・ホムシ氏も、そのひとりだ。

「ケイに注目するようになったのは、2~3年前のこと」というホムシ氏は、錦織のスピードや優れた戦術性に感心し、同時に彼のメンタリティが「実にアメリカ的」であることに驚いたという。

 では、アメリカ的なメンタリティとは、何を指すのか? ホムシ氏は「一概には言えないが」と前置きした上で、こう定義した。

「フランス人は、是が非でも勝ちたいという気持ちがやや希薄で、トーナメントの準決勝くらいまで行けば満足してしまう。対してアメリカ人は、勝ちにこだわるし、何より負けるのが大嫌い」

 そんなアメリカ的メンタリティを、ホムシ氏は錦織のプレイや言葉の端々に色濃く感じたのだという。

 同様に、「ケイの『世界のトップにだってなれる』と信じるメンタリティはアメリカ的だ」と言ったのは、アメリカ最大の一般紙『USAトゥデイ』のダグラス・ロブソン氏だった。

 実は今回、海外のジャーナリストたちに話を聞き、ひとつ意外に感じたことがあった。それは、上位進出を阻む障害として、「プレッシャーや、日本メディア等の喧騒はありえると思うか」とたずねた時、全員が一笑に付したことである。フリーライターのスコット氏は、「日本に住んでいれば話は別かもしれないが、アメリカにいる分には問題ないだろう」と言う。

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