【男子バレー】越川優が付きっきりで指導した選手がモンゴル代表候補に「いずれはクラブチームを持てたら......」
連載:40代現役アスリートの矜持
越川優インタビュー(後編)
◆越川優・前編>>元日本代表のエースはなぜ「モンゴル」を選んだのか
◆越川優・中編>>コートで弱音連発「なんでユニフォームを着ているんだ?」
2022年春に現役を引退してから3年。2025-26シーズンをモンゴル・プレミアリーグで、選手兼コーチとして過ごした越川優。シーズンを終えた今、自身のコーチングにもたらした学びは大きかったと声を弾ませた。
「モンゴルはバレーボールに関して、まだまだ発展途上の国。ですが、日本の中高生たちに教えるのとは違い、一部に学生がいたとはいえ、プロが相手でしたから。
そもそものレベルが高くないぶん、実践的な練習を踏まえて個々の技術を引き上げながらチームを作っていく過程や、バレーボールのシステムに選手をあてはめていく作業は、日本で経験したこととはまるで異なったので、とても勉強になりました」
越川優がモンゴルという異国の地で学んだことは? photo by Yu Koshikawaこの記事に関連する写真を見る プロ意識のギャップに面食らった部分もある。けれども、チームに所属した学生たちのなかには「プロになってやるんだ」という気概を持った選手もいた。越川は懐かしむように振り返る。
「アンダー17のモンゴル代表の選手がふたりいて、彼らは意欲にあふれていましたし、シーズンを通してどんどん成長していく様子が見られました。
また、リベロは現地の大学3年生の選手で、前年度はどのチームにも所属できなかったそうですが、僕が加入した2025-26シーズンから初めてリーグに参加することになりました。その彼とはずっと、対人パスも一緒にやっていましたね。
シーズン途中に『日本人リベロを加えようか』という話も出てきたのです。ですが、資金の関係で断念したので、彼にリベロとしてがんばってもらうしかなかった。もう、付きっきりで指導していましたね。
その彼がリーグのオールスターに選ばれ、最終的には代表候補に入ったと聞きました。数カ月でしたが、そういった成果を見せてくれた時に僕自身はやりがいを覚えましたし、楽しかったな、と。充実していたと思えます」
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著者プロフィール
坂口功将 (さかぐち・こうすけ)
1988年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学時代に「スポーツを
取材する」ことの虜になり、不動産会社を経て2016年春から日 本文化出版(株)「月刊バレーボール」編集部で勤務。 2023年末に独立し、バレーボールを中心に取材・ 執筆活動を行なう。小学生から大学生、国内外のクラブリーグにナシ ョナルチームと幅広いカテゴリーを扱うほか、 バレーボール関連の配信番組への出演やイタリア・セリエAの解説 も務める。














