【プロ野球】「優勝しても胴上げはしない」 選手たちが"嫌われ監督"を拒絶...それでも近藤貞雄が7度宙を舞った理由
野球の未来を見ていた男〜近藤貞雄伝
証言者・谷沢健一(後編)
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監督と選手が、試合中のグラウンドで一触即発となった。
1983年6月29日、宮城球場で行なわれたヤクルト対中日戦。2対0と中日がリードして迎えた6回、先頭のヤクルト・渡辺進が打ち上げた飛球を、遊撃手の宇野勝がグラブに当てながら落球。
つづく角富士夫の打球は、本来なら遊撃への併殺打コースもエンドランがかかっていたため、宇野は二塁ベースカバーへ入ろうと動き、さらに打球がイレギュラーバウンドして左中間へ抜けた。
直後、中日ベンチから監督の近藤貞雄が飛び出し、何事か叫びながらマウンドに向かった。内野陣と捕手の中尾孝義が集まると、近藤は宇野を指差して一喝。これに対して宇野が言い返したため、近藤はさらに激昂した。この醜態のすべてを、一塁手として見ていた谷沢健一に聞く。
1982年、リーグ優勝を果たし胴上げされる中日・近藤貞雄監督 photo by Kyodo Newsこの記事に関連する写真を見る
【反骨心のある選手を使う近藤流マネジメント】
「最初に『内野、集まれ』みたいなことを言ったんですよ、近藤さんが。それで何かと思ったら、『おまえ真面目にやれよ!』って宇野に言った。そしたら、宇野は宇野で『真面目にやってますよ!』って口答えしてね。また近藤さんが怒って」
宇野につかみかかろうとした近藤を、中尾が必死に押しとどめ、二塁手・上川誠二が宇野の前に立ちはだかった。一瞬の睨み合いのあと、近藤がベンチに帰ってその場は終わった。
試合後、ヘッドコーチの黒江透修は「いかなる理由があれ、選手が監督に口答えするなんて言語道断だ」と怒りをあらわにしたが、近藤は豹変。「若い選手はあのくらい反骨心があったほうがいい」と言っている。
「たしかに反骨心というかね、近藤さんはミーティングで黒江さんと一緒になって、選手を厳しく叱り飛ばして、こき下ろすようなことも言っていたけど、そこで沈んじゃう選手と、抵抗して向かってくる選手を見極めていましたよ。とくに若い選手は、目の前で叱っても反発するぐらいがいいと。おとなしくて沈んじゃう奴は使わなかったですから」
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著者プロフィール
高橋安幸 (たかはし・やすゆき)
1965年、新潟県生まれ。 ベースボールライター。 日本大学芸術学部卒業。 出版社勤務を経てフリーランスとなり、雑誌「野球小僧」(現「野球太郎」)の創刊に参加。 主に昭和から平成にかけてのプロ野球をテーマとして精力的に取材・執筆する。 著書に『増補改訂版 伝説のプロ野球選手に会いに行く 球界黎明期編』(廣済堂文庫)、『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』(集英社文庫)など








