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【40代現役アスリートの矜持】竹内公輔(宇都宮ブレックス)が41歳の現在までトッププレーヤーであり続ける理由

  • 永塚和志●取材・文 text by Kaz Nagatsuka

宇都宮ブレックスで10年目を迎えている41歳の竹内公輔 photo by Shogo Murakami宇都宮ブレックスで10年目を迎えている41歳の竹内公輔 photo by Shogo Murakami

連載「40代現役アスリートの矜持」
前編:【バスケットボール】竹内公輔(全2回)

2mを超える体躯と幅広いシュートレンジ、バスケットIQで、20年以上、第一線で活躍を続ける竹内公輔。高校時代から常に世代トップクラスの選手として男子バスケットボール界の隆盛期を支えてきた。

気づけば今年で41歳だが、その存在感は常勝・宇都宮ブレックスのなかでも深く根を下ろしている。

竹内はこれまでどのように競技に向き合い、四十路を迎えた今もなおトップレベルの選手として力を発揮しているのか。

【じゃあ40歳までやるかっていう気持ちに】

 洛南高校(京都)では双子の弟・譲次(現大阪エヴェッサ)とともにウインターカップを制し、慶應義塾大学でもインカレで日本一に輝いた。だが当時の竹内公輔は意外にもトップリーグでのプレーを明瞭に思い描くことはできなかったという。

「実業団リーグ(JBL)がどんなものかまったく知らなかったですし、当時は8チームくらいしかなくて、入るにはすごく狭いところだと感じていました。普通に一般企業に就職するかなと思っていました」

 2007年、当時は実業団リーグだったJBL(Bリーグの前身)のアイシン シーホース(現シーホース三河)に、竹内は入団した。そして2026年、41歳となった彼は変わらずプロのコートに立っている。立っているどころかビッグマンとしてローテーションに入る、貴重な戦力でもある。

 竹内はBリーグ初年度の2016年から宇都宮ブレックスのユニフォームを身に着けてきた。当初は40歳を現役生活の区切りとして考えていたそうだが、41歳の今もプレーを続けているのは、昨シーズンはまだ契約が残っていたからだという。

「2年前に2年契約をして、『たぶん、これが最後になりますね』っていう話を(鎌田眞吾)GMに伝えたんです。そしたらGMは『いやいや、今、決めないでいいでしょう』みたいに言ってくれたんですけど、とりあえず『これを最後やと思って2年、やりきります』と返しました」

 オリンピックの存在もまた、竹内にとってどこまでキャリアを伸ばすかの目安だった。2016年のリオデジャネイロ五輪に男子日本代表は出場していないが、その次の東京大会に出ることを目標に定めていた。

「とりあえず東京五輪まで4、5年、頑張ろうと思っていたんですけど、結局、(選考から外れ)出られなくて。じゃあ40歳までやるかっていう気持ちになったというのは覚えています」

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著者プロフィール

  • 永塚和志

    永塚和志 (ながつか・かずし)

    スポーツライター。前英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者。Bリーグ、男女日本代表を主にカバーし、2006年世界選手権、2019W杯等国際大会、また米NCAAトーナメントも取材。他競技ではWBCやNFLスーパーボウル等の国際大会の取材経験もある。著書に「''近代フットボールの父'' チャック・ミルズが紡いだ糸」(ベースボール・マガジン社)があり、東京五輪で日本女子バスケ代表を銀メダルに導いたトム・ホーバスHC著「ウイニングメンタリティー コーチングとは信じること」、川崎ブレイブサンダース・篠山竜青選手 著「日々、努力。」(ともにベースボール・マガジン社)等の取材構成にも関わっている。

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