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【40代現役アスリートの矜持】竹内公輔(宇都宮ブレックス)が41歳の現在までトッププレーヤーであり続ける理由 (3ページ目)

  • 永塚和志●取材・文 text by Kaz Nagatsuka

【宇都宮ブレックスの一員としての自覚】

 その他、竹内のキャリアを長くしたのは複合的な要素があったようにも思われる。宇都宮ブレックスというBリーグ屈指の実力と人気を兼備するチームに来たことは一つ、大きかった。ブレックスは宇都宮と栃木県に深く根ざすチームとなり、それだけに競技に対してより真摯に取り組む姿勢でいられたと竹内は感じている。

「宇都宮ではバスケが盛り上がっていて、常に見られているというか、バスケをやっている子どもたちの憧れの存在だと思っています。だからこそ、バスケに時間を割かないといけないという気持ちはすごくあります。

 僕がデカくて目立つっていうのもありますけど、街中で過ごしていてもいろいろと反応してもらって、たくさんの方が応援してくださっていることをいつも感じるんですよ。だからこそ、期待にこたえなきゃいけないなっていう気持ちはずっと持っています」

 長年、宇都宮に身を置いてきた恩恵も享受しつつ、竹内が都度、適切なプレーのできる、いわゆる「バスケットボールIQ」を磨いてきたこともまた、キャリアを伸ばすのに寄与したと言える。

「状況に応じて正しいプレーを選択することは、ずっとやってきたことです」

 また、自身の周りにベテランが多いことも大きかった。宇都宮には45歳の田臥勇太を筆頭に30歳以上の選手が竹内を含めて10人、35歳以上でも6人が在籍している。

「確かに、そうですよね......20代ばっかりのチームにポンと入ったらうまくやっていけないかもしれないですね。だから(宇都宮は)気持ち的にも過ごしやすいのかなとも思います」

 宇都宮に年齢の高い選手が多いことと、自身の長いキャリアの関連性について問うと、竹内はこのように述べた。

 もっとも、宇都宮には23歳の小川敦也や21歳の星川開聖など生きのいい若手もいる。

「20歳くらいの選手って、僕が大学を卒業するくらいに生まれてきたんですよね。それも不思議な話ですね」

 竹内はしみじみとした口調でそう話した。小川に関して言えば、いすゞ自動車ギガキャッツや新潟アルビレックスでプレーをした父・小川忠晴氏と「対戦」したこともあったという。

「僕がU18(日本代表)の時に新潟で合宿をやったんですけど、アルビレックスと練習試合をしたんです。その時に、お父さんがいたんですよ」

 プロスポーツ選手は、子どもが自身のプレーを覚えていてくれるまでやることが現役を続ける動機になったりするが、4月から中学生になる子を持つ竹内は、その段階はとうに過ぎている。それでも、体はまだ動く。

 しかし、竹内の気持ちは今シーズンいっぱいで一線を退くことに傾いている。

「今年で辞めようかなみたいなことは妻にはよく言うんですけど、妻は『まだ体、動くじゃん』みたいなことを言ってきます。『いや、そっちじゃなくて、メンタルだ』と。そんな会話はしますね」

後編につづく「引き際への思いと競技へのあくなき探究心、そしてこれから」

●Profile
たけうち・こうすけ/1985年1月29日生まれ、大阪府出身。洛南高校(京都)―慶應義塾大学―アイシン シーホース―トヨタ自動車アルバルクー広島ドラゴンフライズ―宇都宮ブレックス。206センチ・100キロ。ポジションはフォワードセンター。二卵性双生児の弟・譲次とともに高校時代から世代を代表する選手として頭角を表し、それ以降、恵まれたサイズと幅広いシュートレンジやトランジション能力などを武器に長年にわたり活躍。2006年、日本で行われた世界選手権(現・ワールドカップ)をはじめ、日本代表として多くの国際舞台を経験してきた。宇都宮ブレックスでは今シーズンで10年目を迎えている。

著者プロフィール

  • 永塚和志

    永塚和志 (ながつか・かずし)

    スポーツライター。前英字紙ジャパンタイムズスポーツ記者。Bリーグ、男女日本代表を主にカバーし、2006年世界選手権、2019W杯等国際大会、また米NCAAトーナメントも取材。他競技ではWBCやNFLスーパーボウル等の国際大会の取材経験もある。著書に「''近代フットボールの父'' チャック・ミルズが紡いだ糸」(ベースボール・マガジン社)があり、東京五輪で日本女子バスケ代表を銀メダルに導いたトム・ホーバスHC著「ウイニングメンタリティー コーチングとは信じること」、川崎ブレイブサンダース・篠山竜青選手 著「日々、努力。」(ともにベースボール・マガジン社)等の取材構成にも関わっている。

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