「いつか、日本のチームの監督をしたい」尽きぬ意欲を熱く語るワシントン
ワシントン ロングインタビュー/第4回(全4回)
2005年に来日し、東京ヴェルディで1年間、浦和レッズで2年間プレーしたワシントン。浦和で複数のメジャータイトルを獲得したあと、ブラジルに戻って2年ほど現役を続けたが、心臓の問題が再発して引退。その後、監督やスポーツディレクターを務めた後、政界の道へ。近年は再び日本との縁が生まれている。
南米サッカー連盟の会合に出席した際のワシントン photo by Washington
【FC相模の熱意に応じた】
──現在のワシントンの仕事について聞かせてください。いつでも色々なことを手掛けて、とても忙しそうですね。
「本当にそうだね。引退後、僕はブラジル・サッカー連盟の監督ライセンス講座と、クラブマネジメント講座を受けた。そして、実際にブラジルのふたつのクラブで監督を務め、古巣のカシアス・ド・スウではディレクターを任された。
その後、政界に入ったんだ。カシアス・ド・スウ市での市議会議員やスポーツ局長から始まり、政治家としてスポーツに携わるという経験が、自分自身にとってもインパクトが強かったので、その後はブラジル政府で国会議員やスポーツ関連機関の長官も務めた。現在も子供たちのサッカーをサポートするための様々な国家プロジェクトに取り組んでいる。
昨年のクラブワールドカップのように、頼まれた時には、テレビのコメンテーターもやる。自分がやると決めたことには、ベストを尽くす。それは現役時代から変わらない。そして、僕の情熱であるサッカーの力になりたい」

