NBA伝説の名選手:グラント・ヒル エリートから一転......天国と地獄を駆け抜けた「NBA界の貴公子」 (3ページ目)
【殿堂入りの意味とオリンピックとの関わり】
パリ五輪アメリカ代表では恩師のカーHC(左)とともに金メダル獲得への責務を果たした photo by Getty Images
キャリア平均の3ポイント試投数0.7本が示すように、ヒルには3ポイントの脅威がなかった。それでも、ミッドレンジジャンパーを磨いてディフェンダーを引き寄せ、多彩なパスワークも魅せてきた。しかも相手選手の動きを見透かしているかのように状況判断が巧みで、方向転換や急加速を生かして左右両方からディフェンダーを抜いてフィニッシュまで持ち込んでいた。
ヒルは19シーズン(実働18シーズン)のプロキャリアで味わった"すばらしい経験"をいくつか挙げている。
「1998年にアロンゾ(モーニング/元ヒートほか)越しに決めたダンクは、僕のなかでベストのひとつ。1997年のブルズ戦も、ホームでトリプルダブルを決めて倒したから最高だった。あとはサンズ時代にプレーオフで(サンアントニオ)スパーズをスウィープで倒したこと。相手はずっと宿敵だったから、(カンファレンス準決勝で)倒せたことがすごくうれしかった。あと、オリンピックもそうだね」
ヒルは1992年のバルセロナ五輪で一世を風靡した"ドリームチーム"の練習相手として選抜された"学生チーム"に入り、最初のスクリメージ(練習試合)で見事にスター軍団を撃破。そして次の1996年アトランタ五輪ではアメリカ代表の一員として、金メダルを獲得した。
引退後はバスケットボールを"伝える側"に回り、『CBS Sports』や『TNT』、『NBA TV』でキャスターを務め、NCAAトーナメントのファイナル4(準決勝&決勝)でゲームアナリストもこなすなど、精力的に活動した。
そして2018年にはバスケットボール殿堂入り。大学時代の実績が十二分とはいえ、NBAではMVPや優勝がなかったこともあって「自分がラッキーなのは確かだね」と謙遜するも、「殿堂入りできたことが僕のキャリアをすごく正当化してくれている」と思いを口にしていた。
さらに、ヒルは2021年から2024年にかけてUSAバスケットボールのマネージング・ディレクターを務めた。サンズ時代のGMで、アメリカ代表の指揮官になったカーHCとともに超豪華ロスターを作り上げ、2024年のパリ五輪では頂点に立ち、大会5連覇へ導いた。
当初発表されていた任期は2024年までのため、今後の動向は不透明ながら、ヒルは両親やコーチK、NBAキャリアで学んできたことを生かして大役を全うしただけに、これからもバスケットボールに携わっていくに違いない。
【Profile】グラント・ヒル(Grant Hill)/1972年10月5日生まれ、アメリカ・テキサス州出身。1994年NBAドラフト1巡目3位。
●NBA所属歴:デトロイト・ピストンズ(1994-95〜1999-2000)―オーランド・マジック(2000-01〜2006-07)―フェニックス・サンズ(2007-08〜2011-12)―ロサンゼルス・クリッパーズ(2012-13)
●オールNBAファーストチーム1回(1997)/新人王(1995)
*所属歴以外のシーズン表記は後年(1979-80=1980)
著者プロフィール
秋山裕之 (あきやま・ひろゆき)
フリーランスライター。東京都出身。NBA好きが高じて飲食業界から出版業界へ転職。その後バスケットボール雑誌の編集を経てフリーランスに転身し、現在は主にNBAのライターとして『バスケットボールキング』、『THE DIGEST』、『ダンクシュート』、『月刊バスケットボール』などへ寄稿している。
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