【欧州サッカー】GKウェイン・ルーニーはPKを次々とストップ メッシやイブラヒモヴィッチも称賛した世界屈指のFW (3ページ目)
【代表では活躍できなかった】
カルロス・テベスとのエピソードも心温まる内容だ。マンチェスター・ユナイテッドから支給されたクルマで満足していたアルゼンチン人のストライカーを、高級車を乗り回す多くの同僚がからかったという。見かねたルーニーは「これに乗りな」と、ランボルギーニのキーを渡した。
「優しいヤツなんだよ」
テベスは今も感謝を忘れない。
2010年に移籍を志願した際は、アレックス・ファーガソン監督の情報操作によって「裏切り者」の烙印を押された。サポーターからブーイングを浴び、「自分のことしか考えていない」と批判もされた。だが、チェルシーやマンチェスター・シティの積極的な補強に比べ、マンチェスター・ユナイテッドが動けなかった事実を訴えたかっただけかもしれない。クラブを愛するがゆえの抵抗とも考えられる。
もし、自己中心型であれば、周りに気を遣ったりはしない。
当時エバートンの練習生だった16歳のルーニー。2002年10月19日、アーセナルの無敗記録を30試合で止めた鮮やかなミドルシュートに、多くの関係者がスター誕生を確信した。
2004-05シーズン、マンチェスター・ユナイテッド移籍後初戦のフェネルバフチェ戦。ルーニーは聖地オールド・トラッフォードでいきなりハットトリックを決めて、一瞬にしてサポーターの心をつかんだ。
さらには2010-11シーズンのマンチェスター・シティ戦。マンチェスターダービーで見せたオーバーヘッドキックは、プレミアリーグ史上最も美しいゴールといって差し支えない。ファーガソン監督も「比類なき一撃」と大絶賛した。
プレミアリーグ通算208ゴールは歴代3位、103アシストは同4位。ゴール、アシストともに三桁を記録しているのは、フランク・ランパード(177ゴール・102アシスト)とライアン・ギグス(109ゴール・162アシスト)の3人だけだ。
ただ残念ながら、イングランド代表では活躍できなかった。
2006年ドイツワールドカップのポルトガル戦では、クリスティアーノ・ロナウドの煽りに乗ってしまい退場を宣告された。4年後の南アフリカワールドカップでは極度の不振に悩まされた無得点。「決勝トーナメント1回戦での撤退は、ノーゴールに終わったルーニーにすべての非がある」と多方面からバッシングを浴びた。
しかも南アフリカ大会でのイングランド代表は、マンチェスター・ユナイテッド、チェルシー、リバプールに所属する選手たちのライバル意識が災いし、チーム内は常に異常な緊張感が漂っていた。これでは勝てるはずがない。
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