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【欧州サッカー】バッジョが10番を譲った「とびっきりの逸材」 サビチェビッチのドリブルにミラニスタは酔いしれた

  • 粕谷秀樹●取材・文 text by Kasuya Hideki

世界に魔法をかけたフットボール・ヒーローズ
【第49回】デヤン・サビチェビッチ(モンテネグロ)

 サッカーシーンには突如として、たったひとつのプレーでファンの心を鷲掴みにする選手が現れる。選ばれし者にしかできない「魔法をかけた」瞬間だ。世界を魅了した古今東西のフットボール・ヒーローたちを、『ワールドサッカーダイジェスト』初代編集長の粕谷秀樹氏が紹介する。

 第49回は「悪魔の左足」を武器に1990年代のミランで輝きを放ったデヤン・サビチェビッチを紹介する。卓越したボールコントロールと予測不可能なプレーぶりから、イタリアメディアは「イル・ジェニオ(天才)」と名づけた。激動のユーゴスラビアを生き抜いた男は今、モンテネグロのサッカー協会会長として現役時代以上の切れ味で未来を切り開いている。

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デヤン・サビチェビッチ/1966年9月15日生まれ、モンテネグロ・ポドゴリツァ出身 photo by AFLOデヤン・サビチェビッチ/1966年9月15日生まれ、モンテネグロ・ポドゴリツァ出身 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る 一説によると、人類は紀元前から愚かな戦いを繰り返しているという。世界大戦は2度にも及び、21世紀になってもロシアがウクライナに侵攻し、アメリカは軍事作戦でベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領を拘束した。中東、東アジアも常に火薬の臭いが漂っている。

 1992年、サッカーのユーゴスラビア代表は内戦の影響により(最終的にクロアチア、セルビア、コソボ、スロベニア、北マケドニア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナの7カ国に分裂)、インターナショナルマッチから追放された。政情不安のペナルティがなぜスポーツに科されるのか。政治とは別物のはずだが、なぜかもれなくついてくる。

 当時のユーゴスラビア代表はイビチャ・オシム監督に率いられ、ドラガン・ストイコビッチ、ダルコ・パンチェフ、ダボル・シュケルなどを擁する魅力的なチームだった。

 もし戦争が起きていなければ、1992年のヨーロッパ選手権を制しても不思議でない実力を持っていた。2年後のアメリカワールドカップでも優勝候補の一角に挙げられていたに違いない。

 ペレ、ヨハン・クライフ、ギュンター・ネッツァーといった偉大なる先達も、口を揃えてユーゴスラビアの欠場を残念がっていた。

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著者プロフィール

  • 粕谷秀樹

    粕谷秀樹 (かすや・ひでき)

    1958年、東京・下北沢生まれ。出版社勤務を経て、2001年、フリーランスに転身。プレミアリーグ、チャンピオンズリーグ、海外サッカー情報番組のコメンテイターを務めるとともに、コラム、エッセイも執筆。著書に『プレミアリーグ観戦レシピ』(東邦出版)、責任編集では「サッカーのある街」(ベースボールマガジン社)など多数。

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