【ワールドカップ】中村敬斗のプロ2年目は「悲壮感」が漂っていた 「サッカーが楽しかった気持ちを思い出してほしかった」 (5ページ目)
【苦しい時も決して逃げなかった】
── 矢印を自分に向ける、ということですよね。
「そうです。誰かのせいにするわけでもなく、自分がやるべきことにフォーカスすることで、エネルギーを高めていけるんです。ヨーロッパに行ってからも、敬斗はいい時間よりも、苦しい時間のほうが長いと思うんですよ。今年もワールドカップが始まる前まで、苦しんでいましたからね」
── 若くして海外に行って、順調に成長しているイメージでしたが。
「だから、僕はこういう機会に、みなさんに伝わればいいと思っているんですよ。敬斗はガンバからオランダに行って、ベルギーに行って、そのあとにオーストリアの2部にしか行けなかった。でも、彼はそこから逃げなかった。
去年の夏もフランスの2部から出られずに残念がっていましたけど、どこかで覚悟を決めましたね。しんどい時に踏ん張れる力を、彼は持っているんですよ」
(つづく/文中敬称略)
◆森下仁志・後編>>鎌田大地と中村敬斗の個性を伸ばした育成論
【profile】
森下仁志(もりした・ひとし)
1972年9月21日生まれ、和歌山県海南市出身。順天堂大学から1995年にガンバ大阪へ加入。豊富な運動量を武器に中盤で活躍し、のちにコンサドーレ札幌、ジュビロ磐田でプレー。2005年限りで現役を引退した。翌2006年からジュビロ磐田のユースコーチ、トップチームコーチを歴任し、2012年に同クラブの監督に就任。その後、京都サンガF.C.のコーチ、監督を経て、サガン鳥栖、ザスパクサツ群馬、ガンバ大阪U-23で監督を務め、ガンバ大阪ユースの監督も歴任した。2024年に東京ヴェルディのコーチに就任し、現在はヘッドコーチを務める。Jリーグ(リーグ戦)通算239試合10得点。ポジション=MF。身長173cm。
著者プロフィール
原山裕平 (はらやま・ゆうへい)
スポーツライター。1976年生まれ、静岡県出身。2002年から『週刊サッカーダイジェスト』編集部に所属し、セレッソ大阪、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、日本代表などを担当。2015年よりフリーランスに転身。
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