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【ワールドカップ】中村敬斗のプロ2年目は「悲壮感」が漂っていた 「サッカーが楽しかった気持ちを思い出してほしかった」 (4ページ目)

  • 原山裕平●取材・文 text by Yuhei Harayama

【一番イケていた頃を思い出せ】

── トップチームとは別に練習していたわけですね。

「そうですね。(別で練習していたのは)6人くらいしかいませんでした。ただ、その時はいいメンバーがいて、今ヴェルディにいる福田湧矢であったり、ガンバの食野亮太郎だったり、札幌の髙尾瑠とか錚々(そうそう)たるメンバーがセカンドチームにいたので、その面々でゴール前での対人練習を繰り返しやりました」

── 少人数ではやれることが限られますよね。

「彼らはもう、練習漬けでした。当時よく言っていたのは、『自分が一番イケていた頃を思い出せ』ってこと。おそらく彼らには『純粋にサッカーが楽しいな』って思う時期があったと思うんです。それが10歳なのか、12歳なのか、中学生の時なのかわからないですけど、その時の気持ちを思い出してほしかった。

 プロになると、だんだんと周りからの要求だったり、いろんなしがらみもあって、自分のよさを捨てていってしまうんです。ここがダメだとか、これをやらなくちゃいけないということが増えていって、自分のよさを忘れてしまう。それで、気づいた時には何もない。その状態だけは避けたいなと思っていたので、自分のいいところを思い出させることを重視していました」

── 自信を取り戻すことが重要だったわけですね。

「もちろん練習だけじゃなくて、U-23としてJ3にも参戦していましたから、そこで結果を出すことで自信をつかんでいったところもあったと思います。敬斗自身は、とにかくアシストやゴールが多かったですね。たとえJ3であっても数字がついてくれば、自信につながるんですよ」

── 一方で、セカンドチームでプレーすることでモチベーションの低下も懸念されます。

「そこが敬斗の強さですよね。これは大地も同じですけど、自分が思うようにいかなくなった時に、どう振る舞えるか。もちろんヘッドダウンする時間もあると思うんですけど、そこから立ち上がって、逆にエネルギーを上げていく力を、敬斗も大地も持っていたと思います」

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