駒野友一が語る「忘れられない5試合」 ジーコに初めて招集された夜の衝撃「みんなベッドなのに、僕は畳で...」 (6ページ目)
── 当時のチームでは駒野さんが一番若かった(当時24歳)ですが、そのなかで自分の力を出しきれたと思いますか?
「若いからこそ引きこもることなく、果敢に仕掛けていこうと考えていました。そこは自分の特長でもあるので意識しましたし、後半に関してはしっかりと出せたと思っています」
── 結果的に、次の試合からピッチに立つことはできませんでした。そこの悔しさもあったのでは?
「そうですね。初戦に出られたのはよかったですけど、もしあそこで勝っていれば、次も出られたんじゃないか......もっといいプレーができていれば、ピッチに立てていたんじゃないかって。大会のあとは本当にいろんなことを考えましたね」
── ワールドカップに出たことは、その後のキャリアにどんな影響を与えましたか?
「まずは『次のワールドカップに出たい』という気持ちになりましたし、出るだけではなく、あの舞台で活躍するためにはJリーグで圧倒的な存在にならなければいけない、自分の価値を上げていかなければいけないと思いました。
そのために、自分の武器であるクロス精度というものを、Jリーグのなかでしっかりと見せつけていこうと。一番は結果なので、結果をどれだけ残せるか常に考えるようになりました」
(後編につづく)
◆「忘れられない5試合」後編>>松井大輔がずっとそばにいてくれた「今は、お前のせいだと...」
【profile】
駒野友一(こまの・ゆういち)
1981年7月25日生まれ、和歌山県海南市出身。中学3年時に広島に転校し、サンフレッチェ広島ユースから2000年にトップチームへ昇格。プロ2年目からサイドバックで活躍したのち、2008年にジュビロ磐田へ移籍。その後、FC東京→アビスパ福岡→FC今治でプレーし、2022年に現役を引退する。2004年アテネ五輪、2006年&2010年ワールドカップに出場。日本代表・通算78試合1得点。ポジション=DF。身長173cm、体重70kg。
著者プロフィール
原山裕平 (はらやま・ゆうへい)
スポーツライター。1976年生まれ、静岡県出身。2002年から『週刊サッカーダイジェスト』編集部に所属し、セレッソ大阪、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、日本代表などを担当。2015年よりフリーランスに転身。
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