【Jリーグ】レオ・シルバはいつでも必要な場所にいた「ブラジル代表で活躍していない僕みたいな選手でも...」
Jリーグ懐かしの助っ人外国人選手たち
【第35回】レオ・シルバ
(アルビレックス新潟、鹿島アントラーズ、名古屋グランパス)
Jリーグ30数年の歩みは、「助っ人外国人」の歴史でもある。ある者はプロフェッショナリズムの伝道者として、ある者はタイトル獲得のキーマンとして、またある者は観衆を魅了するアーティストとして、Jリーグの競技力向上とサッカー文化の浸透に寄与した。Jリーグの歴史に刻印された外国人選手を、1993年の開幕当時から取材を続けている戸塚啓氏が紹介する。
第35回はレオ・シルバを取り上げる。J1リーグの3つのクラブで通算10シーズン稼働し、290試合に出場した。外国人選手では歴代4位の記録となる。ボール奪取能力に優れたボランチとして、観る者の記憶にも刻まれた優良助っ人である。
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レオ・シルバ/1985年12月24日生まれ、ブラジル・サン・ルイス出身 photo by AFLOこの記事に関連する写真を見る アルビレックス新潟は、優秀なブラジル人選手を連れてくる。ファビーニョ、マルクス、エジミウソン、マルシオ・リシャルデス、ミシェウ、ブルーノ・ロペス、ラファエル・シルバ、コルテース......2000年代から2016年あたりまでは、チームの勝敗に強い影響力をもたらすタレントが絶えず在籍した印象がある。
レオ・シルバもそのひとりだ。
2013年に来日すると、ダブルボランチのひとりとして中盤を支えていく。運動量が豊富で、ボールを奪い取る力があり、奪ったボールを確実につなぐことができる。アタッキングサードでも効果的な仕事ができる。
いつでも必要な場所にいるのだ。
ここでサポートがほしい。もうひとり攻撃に絡んでほしい。このスペースを埋めてほしい。あの選手をフリーにしたくない──。ピッチ上に起こるさまざまな問題を察知し、攻撃でも守備でもチームを助けることができる選手だった。
来日当初は悪戦苦闘した。
「ブラジルと日本では、試合のテンポがまるで違うんです。日本は速い。来日したばかりの頃は、このスピードについていけるだろうかと思いましたが......」
加入1年目の開幕戦から出場し、不動のレギュラーとなった。彼我のサッカーの違いを乗り越えて、鮮やかに適応したのである。
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著者プロフィール
戸塚 啓 (とつか・けい)
スポーツライター。 1968年生まれ、神奈川県出身。法政大学法学部卒。サッカー専
門誌記者を経てフリーに。サッカーワールドカップは1998年より 7大会連続取材。サッカーJ2大宮アルディージャオフィシャルライター、ラグビーリーグ ワン東芝ブレイブルーパス東京契約ライター。近著に『JFAの挑戦-コロナと戦う日本 サッカー』(小学館)
























